第2夜

ベッドに身体が沈む。

肌触りの良いシルクのカバーに頬を擦り付けながらも、耳はかさかさと草の擦れる音を聞いていた。

子守唄としての自然音なら大歓迎。

でもおそらくこれは人工的なもの。

無視して延々と眠りたい。

一つの星が産まれてから白色矮星になるまでの期間、ずっと。




というわけにもいかないので身体を起こす。




さく、さく、と枯れ草を踏む音がする。

空は日が沈んだ直後の曖昧な色。

あたりは見渡す限りの草原。

風が吹き抜けて、名も無き花が揺れる。

近くにあるものは淡く、遠くにあるものは影のように儚い。

ここは夜ではない。

しかし夕暮れでもない。

そしてそのどちらにも傾かない。

永遠に続くブルーアワー。

何処にも属さない時間。

境界線。マージナル。


ここはそういう場所だった。



しばらく歩くと、前方に人影が見えてくる。

ははぁ、獣人だな?

見たことが無いタイプだが似たようなものだろう。

もふもふしてる。


心もとなく歩く彼の横を、何も知らないかのように追い越す。

初めて見たであろう自分以外の生き物に、やはり彼は驚いて声をかけてきた。


「あっあの!」


「ついてきて。立ち止まらないで」


問答無用でそう返す。

彼は一瞬面食らった顔をしたが、すぐに追いかけてきた。

まぁ無理もないよなぁ。突然こんなとこに来たら。


「あの、すみません、ここが何処だかご存じですか?」


「迷った?」


「はい」


「帰りたい?」


「えっ‥‥はい」


「ならついてきて。立ち止まらないで」



さくさくと枯れ草を踏む音が重なる。


「あの‥‥」


「ここが何処かだよね」


「えっ‥‥はい」


「何処でもないよ」


「えっ?」


「何処でもないの。何処にも無いし、有っても一瞬しかない。通り過ぎる風といっしょだから」


「‥‥」


「帰りたいならついてくれば大丈夫。帰りたいと望むならそうなる」


「‥‥」


よくわからない、と言う顔をして、しかし彼はおとなしくついてくる。

それでいい。



何時までも変わらない景色が広がる。

花が揺れて、風が身体を冷やす。

裾のフリルが踊って、ドレープの波が生まれる。

どこに向かおうとも夜にはならず、時が戻ることも無い、切り取られた時間。

巨大なサークルの上を歩くように、それは永遠に続くように思える。


「あの‥‥」


「着いたよ」


目の前には幾重もの布を重ねたようなテント。



彼も温かいミルクを飲めば、ベッドに還るだろう。




私も早く眠りたい。








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