夜と夕の狭間にて

第1夜

好きなものはシフォン。

夕焼けと夜の間。

ゆったりとしたネグリジェ。

重さを感じないのであれば、服の裾は引き摺るぐらい長くてもいい。

幾重にも重なる柔らかなレースの中なら、毛布がなくても温かい。

たっぷりと布を使った天蓋の中で、望むだけ幾らでも夢を見る。


世界が終わるまでずっと。



と、思っていた時期が私にもありました。



小さな小さな足音で私は目を覚ます。

ぺた。ぺたぺた。

頼りないそれは何かを探して、そして見つけたのだろう。ゆっくりとだが確実にこちらに向かってくる。

ジョーゼットのカーテンがこっそり揺れたタイミングで、私は体を起こす。

布を隔てた向こうで誰かがたじろいだのがわかった。

そっと布をめくると、思ってたよりも小さな子どもが不安そうな顔でそこにいる。


「こんばんは」


声をかけるが、返事はない。ただ怯えた顔でこちらを伺っている。


「迷ったの?」


もう一度話しかけると、小さく頷いた。

私はベッドから降り立って、子どもに手を差し伸べる。


「ついて来て」


少し迷った様子だったが、躊躇いがちに小さな手が私の指をつかむ。

あらまぁかわいい。


子どもの歩幅に合わせてゆっくりと歩く。

灯りがなくても道はわかる。

白い石の床を暫く進めば、両側に水辺が見えてくる。

正確には、今私たちが歩いているのが、水面に長く敷かれた道の上なのだ。

天井は高く、暗く、そして見えない。もしかしたら外なのかもしれないが、星は見えなかった。

風もない水面にはただ、大小様々な大きさの月が音もなく浮いている。何処かの世界にあったものが、迷い込むだか逃げ込むだかしているのだった。

ただそこにそうして在るだけなので、そのままにしている。


子どもはキョロキョロと辺りを見回す。

この景色は珍しいよねぇ。


進んでいくと小さなテントのようなものが現れる。柔い布を幾重にも重ねた天蓋のようなテント。

中はたくさんのクッションが敷き詰められた小さな部屋で、その中心に丸いテーブルがちょんと鎮座している。

ミルクは飲めるかと子どもに問えば、コクリと頷く。

こういう時はホットミルクが定番だよねぇ。蜂蜜は星の色に近いものが良いかな。


座らせた子どもが不安げに訊ねてくる。


「‥‥お姉さん?お兄さん?」


「どっちでもいいよ」


「ここはどこ?」


「どこでもない」


「‥‥帰れる?」


「帰れるよ。ちゃんと帰れる」


きみがそれを望むなら。


ホットミルクを手渡すと、子どもはゆっくりと飲み始めた。

顔が徐々に緩んでいく。


「おいしい?」


「うん」


「なら良かった」


子どもの目は次第に閉じていき、やがてピタリと閉じきると、その身体はゆるりと溶けていった。

今頃は自分のベッドの中だろう。



さて、私も寝よう。

出来れば世界の終わりまで。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る