第5話 風船
犯罪者になったんだ。
それは、幻想でもなく、ただの事実。
犯罪者の気持ちなんて、誰にもわからない。
それは、当人だけが分かるんだ。
そう考えていたが、それは正解だと今、知る。
恐怖。
それが犯罪者に向ける感情だとしたら、
犯罪者が人に向ける感情は簡単だ。
冷淡である。
それでいいだろう。
怖くなんてない。
ただ、僕は僕で在る。
僕なんかは結局、世界人口の一人。
何をしようが、何を失おうが、全ては小さな小さな物事の一つ。
それは、当人たちしか覚えていない。
当てもなく、ただ夜道を歩き出す。
携帯電話をポケットから出すが、もう充電は少しだけ。使うのが勿体無い。
お金も尽きてしまった。
このまま、野垂れ死ぬのか。
今、歩いている道は生死の狭間なのか。
それは、わからないが、ただ、その苦しみと共に、爽快感も感じていた。
今までにない、非日常感。
人を殺めてしまった事実が、今の僕が前の僕てないことを照明してくれる。
今、僕は夜にしがみついている。
無くならない事実を捨てたい気持ちと、この世界に満足する気持ちが交差している。
何をしようか。そんなのはわからない。
この世界の僕は何も残ってすらいない。
歩いてから数分が経った頃か、
僕の体力は尽きて、ある、公園へと着いた。
目の前にはとても大きな建物がある。
木々が生い茂る深緑の風景に、夜景が合うことで、何か、切ない気持ちになる。
公園のベンチに座り込む。
お金もなく、帰りたくもない。携帯も使えない。
このまんま、警察に捕まって終わるのか、もしくは、逃げて、飢え果てて死ぬのか。
そのどちらでもいいと思った。
生きたいと思えない訳ではない。生きたくないわけではない。
公園の風景を見ていたら、視界が狭まる。
暗い。夜の中。
車の静かな音が、僕を眠らせる。
「起きて」
誰かの声が聞こえた気がする。
「こんなところで寝ていたら、警察に補導されるよ。」
目の前に現れたのは、少女。
というには、大人な女性であった。
「あ、」
ただ、そう返事するしかできなかった。
それほどに、疲れ切ってしまったのかもしれない。
「大丈夫?疲れているようだけど」
「うん。大丈夫かな、ありがとう」
僕はできるだけ丁寧に笑顔をしたが、彼女の表情は逆に、少し曇っていた。
「どうして、こんなところで寝ていたの?」
「それは、、」
迷う。ここで、何かを言うべきなのか。
わからない。
「ううん。大丈夫」
「本当に?」
「うん」
彼女は心配そうにこちらを見る。
その顔が、とても可愛らしく感じた。
「この後はどうするの?」
「えっ?」
「特に、」
「じゃあ来て。今にも死にそうな顔をしている人を私は見殺しにしたくない」
思わず黙ってしまった。
少し、感動した。人に心配されることなんて、なかったから。
「黙ってないで、行こう」
手を差し出される。
僕はこの世界で、初めての人との思い出を作れた気がする。
風船のように、僕の体はどこか、軽かった。
それは、自由によるものなのか。
初めての思い出づくりなのか。
それとも、何かの前触れなのか、
僕には分からなかった。
より良き世界の逃避行 小説狸 @Bokeo
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