第46話 夏季休暇どうしよう

 翌日、校内で奏さん探しが始まった。奏さんは授業をサボることが多々あるらしく、校内でも神出鬼没。ただ、彼女のいる場所には、何かしら女生徒が集まりやすいので、それを目印にすると良い…、と同級生の奏さんファンの子が教えてくれた。


「とは言ってもなあ…。」


 上級生の教室にもいない、医務室にもいない、中庭や、学校の敷地内の庭園にもいない、屋上にもいない、いったいどこにいるんだろう。まさかお手洗い…だとしたら、この校内のお手洗いを一つ一つ回るのはひどく時間がかかりそうだ。


 いつも私が困っているときに限って、どこからともなく現れるのに今日に限っては全く姿が見えない。まさか今日は欠席とか…。そうこうしている間にあっという間に放課後になってしまった。


 腕を組んで唸っていると、職員室から出てきた紋さんが見えた。


「あら、日野さん。」

「紋さんこんにちは。あの、奏さん知りませんか?」

「奏だったら、今日は午後から早退したわよ。」


 早退、なるほど見つからないわけだ。でも早退ということは体調不良だろうか。


「どこか調子が悪いんですか。」

「いいえ、今日はピンピンしてたわよ。きっとサボってその辺フラフラ歩いているんじゃないかしら。」


 紋さんは呆れたため息をついた。


「ああ、そういえば何か受け取りにいくとか言ってたわね。写真…とかなんとか。」

「写真ですか。」

「ええ、やけに嬉しそうに話すから、あえて聞き流していたのだけれど。何か心当たりがあるの?」

「いえ……いや、あります。ありがとうございます!」


 写真を受け取る、と聞いてピンときた。あの奏さんに連れ回された日に撮った写真のことだ、きっと。私は紋さんに頭を下げると、走り出した。後ろから廊下は走らないこと、と涼やかな声で言う紋さんの声が聞こえた。



「しまった。」


 勢いよく学校を出たのは良いものの、そういえばあの写真屋は車で連れて行ってもらったから、具体的な場所を覚えていない。せめて写真屋の名前を憶えておくべきだった。写真を撮るということに必死でその辺の記憶がすっぽりと抜けている。


「この辺だったかな。いや、景色が違う。」


 最初は勢いよく走っていたが、次第にとぼとぼと歩く。そもそも今から写真屋に行っても、奏さんに会える確証はない。午後から早退しているなら、もう既に写真屋から出てしまっていると考えた方が普通だ。


 どんどん日は陰っていく。橙色の西日が顔を照らす。眩しい。

 そろそろ寮に戻るべきか。それとももう少しだけ探すべきか。ふと立ち止まると、目の前の古びた本屋から一人の老人が出てきた。老人は私を見つけると、眼鏡をずらして目を少しだけ細めた。


「おや、君はこの前の。美羽のお嬢さんと一緒に来た子だね。」


 逆光で良く見えなかったけれど、歳の割には伸びた背筋に品の良さそうな眼鏡。この人は、あの時の…。


「写真屋さん!」

「よく覚えていたね。」

「どうしてここに?」

「今日はもう店仕舞いをしたから、古本を見に来ていたんだよ。」


 そっか。時間的に考えてももう営業時間は終わっていてもおかしくない。今写真屋さんに行っても奏さんはいないということだ。もうこれは大人しく寮に戻って明日奏さんを探すしかないかな。


「そうですか。じゃあ、私はこれで。」

「ああ、琴子さん…だったかな。」

「はい。名前覚えていてくださったんですね。」

「ほっほっほ。職業柄、顔と名前を覚えることは得意でね。もし少しだけ時間があれば、美羽のお嬢さんの忘れ物を届けて貰ってもいいかな。」

「忘れ物?」

「ああ。昼過ぎにうちの店に来た時に、忘れ物をしていってな。店はここからすぐだから、頼んでもいいかい?」

「分かりました。」


 私は写真屋の隼人さんの隣を歩いて写真屋へ向かった。写真屋は本当に歩いてすぐの場所に会った。どうしてすぐに見つけられなかったんだろう。私は案内されるままに店内に入ると、隼人さんはすぐに店の奥から封筒を持ってきた。


「これ。よろしく頼むよ。」

「封筒ですか。」

「中に入っているのは写真だよ。君たちの。美羽のお嬢さんは、二枚渡した封筒のうち、一枚だけ椅子に置いて忘れて帰ってしまってな。」

「……見てもいいですか。」

「もちろん。」


 隼人さんはにっこりと笑った。私は封筒から写真を取り出す。そこに映し出されていたのは、耳元で笑顔で囁く奏さんと、それに驚いている私の写真。ちょっと!私すごく変な顔してるんですけど。何で現像しちゃったんですか。


「なっ。なんでこれ。」

「それも現像するように頼まれたんだよ。ちゃんとした写真も欲しいけど、表情豊かな写真も欲しいって。まあ、どちらかといえばこっちの方が、美羽のお嬢さんの素の表情だろうからなあ。」

「そうですかね。」

「これでも人の表情と心情には敏感でね。おや、話しすぎてしまったね。それじゃあ、届け物頼んだよ。」

「はい。」


 私は封筒を胸に抱いて店を後にした。


 トボトボ歩く帰り道。寮の門限までまだ一時間ほど時間がある。ゆっくり歩いても余裕で間に合うだろう。私は夕暮れ時の街並みを見ながら歩いていく。


 明日こそ奏さんに何とか会って話をしないと。学校来てくれるといいけど。


「目標発見しましたわ!」

「でかしましたわ!」

「確保ですわ!」


 んん?この声、そしてこの展開は前にも会ったような。恐る恐る振り返ると、そこにいたのは美羽家の使用人の三人。コルリさん、メジロさん、ヒバリさんだった。


「三人ともどうされたんですか?」


「お嬢様に忘れ物を取りに行くように命じられたのですが。」

「お店の店主は、既に琴子さんに渡しているとおっしゃられたので。」

「琴子さんを探していたんですのよ。」


 三人で流れるように言葉を紡ぐ。本当に息が合った使用人だな。忘れ物ってことは、この封筒のことだよね。私は封筒を両手でもって三人に見せた。


「忘れ物ってこの封筒のことですか。」

「ええ。そうですわ。」

「お嬢様にお渡ししますので、いただいてもよろしいですか。」

「まあ、嫌と申されましても琴子さんごとお連れするだけですけれど。」


 んん、なんか最後物騒なこと言ってなかった?


「さあ、どうされます?」

「どうするって。」


 別にこのまま封筒をこの三人に預けても構わない。きっとこの使用人三人なら確実に奏さんに届けてくれるだろう。


 私はコルリさんに封筒を渡しかけたところで、ピタリと手が止まった。コルリさんは不思議そうに首を傾げた。


「どうされました?」

「やっぱり渡せません。」

「え?」

「この封筒は渡せないです。」

「それだと封筒を持った琴子さんごと連れていくことになりますよ?」

「それで構いません。むしろそうしてください。私奏さんに話したいことがあるんです。」


 封筒を胸元でぎゅっと抱きしめる。もちろん封筒が折れ曲がってしまわない程度に力加減はしている。

 コルリさんたちは顔を見合わせて、それからやれやれ、と小さく息を吐いた。そのまま一人は私の後ろ、もう二人は私の両隣に並んだ。


「ではこのまま琴子さんをお連れします!」

「了解です!」

「さあ、参りましょう!」


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