第45話 本、読み終わりました

 ロミオとジュリエット。二つの対立している家柄。恋に落ちてしまう二人。二人で幸せになるはずが、すれ違いから悲劇的な死を遂げる。二人の死をきっかけに両家は和解をする。そんな話だった。紋さんに借りていた本を閉じて一呼吸おいた。


「二人は幸せだったのかな………。」


 奏さんがベランダをバルコニーみたいだと言ってきた時、もっとこう…幸せいっぱい賑やかな話かなって勝手に思っていたんだけど、本の内容が予想よりも重かった。でも、読み進めば進むほど、物語に引き込まれていったし、想像上の海外の景色が頭の中で広がっていくのは心地よかった。そして、彼と彼女の心情を察すると心が大きく揺さぶられた。そしてロミオから奏さんの姿を思い浮かべてしまうのはどうしてだろう。


 時計を見れば時刻は午後七時過ぎを指していた。今の時間だったら紋さんに返しに行っても大丈夫だよね。


 寮長室、と書かれている紋さんの部屋をコンコンとノックすると、紋さんは軽い返事をして出てきてくれた。


「あら、日野さんだったの。」

「紋さん。お借りしていた本が読み終わったので返しにきました。」

「あらもう読んだの?」

「はい。読み始めたら物語に引き込まれちゃって。一気に読んでしまいました。」

「そう。………この後は予定あるかしら?」

「いえ、部屋に戻るだけですが…。」

「じゃあ、少し上がって行って。感想を聞きたいわ。」

「良いんですか。」

「ええもちろん。あ、でも少しだけ待ってね。」


 紋さんはほんの一分程度部屋へ戻ると、すぐに私を部屋へ上げてくれた。

 相変わらず紋さんの部屋は綺麗に整理整頓されている。紋さんは私に座るように促してから、珈琲を入れてくれた。部屋にいい香りが充満する。


 それから私は本の感想を紋さんに伝えた。紋さんは頷きながら聞いてくれた。お互いの感想を言いながら飲む珈琲はなんだかとても知的な感じがした。紋さんの感想は、いろんな文学を読んでいるからこその独特な視点だったりしたので、私ももっと本を読んでいろんな視点から考えられるようにしたいと思えてくる。

 そして話がひと段落ついた時、紋さんの部屋を見渡すと、引き出しからちょっとだけ紙が出ている。そういえば前に部屋に上がらせてもらった時も脚本を読ませてもらったっけ。新作かな。


「紋さん。」

「何かしら。」

「あの机の端から出ている紙って、脚本の新作ですか。」

「えっ、あっ、片付けたと思ってたのに。」

「見せてもらっていいですか?」

「だっ駄目よ。人に見せるような出来じゃないから。」

「でも私紋さんの書くお話、大好きです。優しくて切なくて、触れれば壊れてしまいそうな硝子細工のように繊細で。読み始めた瞬間にその世界に引き込まれてしまうんです。このお借りしたロミオとジュリエットみたいに。」

「それはちょっと褒めすぎよ。この本の作者は世界的に知らない人はいないくらいの大作家よ。」

「じゃあ紋さんは大作家さんに匹敵します!」


 紋さんをじっと見つめると、紋さんは根負けしたのか、引き出しを開けて、書きかけの脚本を見せてくれた。そこには、男装の麗人と少女の恋物語だった。この男装の麗人って、誰かと印象が被るような…。


「この主人公、喋り口調がなんだか奏さんみたいですね。」


 そういった瞬間、紋さんはむせた。


「紋さん大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よ。」

「でも私、この主人公好きです。こう、軽い口調で少女をからかっているっていうか。でもなんだか元気が出ますね。この主人公の言葉を見ていると。やっぱり紋さんの脚本は面白いです。読んでいてワクワクします。続きはないのですか?」

「そ、そう。ありがとう。これは続きはないんだけれど……書いていて行き詰ってしまったの。って、この話を書いていることは奏には内緒にしてちょうだいね。」

「どうしてですか。」

「どうしてもよ。貴女も奏の性格を知っているでしょう?こんなのバレたらまた私をからかうに決まっているんだから。」


 うん、なんだか奏さんが紋さんをからかっている姿は想像できる。それは紋さんが気の毒だ。


「それはそうと、この前貸した冊子は読んでもらえたかしら?」

「冊子?……あっ!」


 そうだ。そういえば前に紋さんの部屋へ上がらせてもらった時に、古い一冊の冊子を借りたんだった。あれからバタバタしていたからすっかり自分の部屋の本棚にいれたっきりになっていた。今の今まで忘れていたなんて最悪だ私。


 私は自分の頬を両手でパンっと叩いた。紋さんは驚いて目をぱちくりさせている。


「日野さん?」

「紋さんすみません!忘れていました。今日部屋に帰ったら必ず読みます。」

「べ、別に急かしているわけではないから、聞いてみただけだから。……その頬は痛くない?」

「これくらい大丈夫です。」


 嘘、本当は少し痛い。


「今から部屋に戻って急いで読みますね。」

「そんなに急がなくてもいいから。」


 慌てる私を制止しつつ、紋さんは、部屋にかかっているカレンダーを見て、あっと何かを思い出したような声を上げた。


「日野さん、もう少しで夏季休暇にはいるけれど、実家に帰るの?」

「へ?」

「うちの寮、夏季休暇中は閉まるのよ。大概の子は帰省するのだけれど、日野さんはどうするの?」


 実家、そういえばしばらく帰ってない。私の実家は実はこの女学校とはそう遠くない位置にある。もし実家にいるところを他の女学生に見られでもしたら、いろいろとバレてしまう。女学校には奏さんの遠い親戚ということになっているのに、ただの庶民だとバレたら、噂好きの女学生たちの恰好の的だ。


「どうしましょう。」

「とりあえず、奏に相談すると良いと思うわ。もし困ったらいつでも相談して。」

「ありがとうございます。」


 夏季休暇中、どうするか何も考えていなかった。明日奏さんを校内で捕まえて話さないと。


「紋さん、大事なことを教えてくれてありがとうございます。」

「良いのよ。」

「あと、紋さん、もしよければまた脚本を見せてもらってもいいですか。」

「気が向いたら。」

「はい。気が向いたらで構いません。楽しみにしています。私、紋さんの作品大好きなので応援しています。」


 深々と頭を下げて私は紋さんの部屋を後にした。


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