第42話 寮長と本
寮へ戻り、部屋に帰る途中。ばったり寮長の紋さんに会った。
「あら、帰ったのね。」
「はい、ただいま戻りました。」
「喜内さんから話は聞いているわ。」
「今回は帰寮時間が遅くなってしまい申し訳ありません。無事、依頼されたワンピースを仕上げて受け渡し完了しました。相手方にも喜んでもらえました。」
「そう、良かったわね。一つ聞きたいのだけれど。」
紋さんは腕を組んで私に問う。
「今回の件は嫌がらせではないのかしら。もしそういう類の者なら見過ごすわけにはいけないから。……って、何がおかしいのかしら。」
「え?」
「顔、笑ってるんだけれど。」
「すみません。」
だって、紋さん…、奏さんと同じ質問をするんだもの。でもそれを言ったら紋さんはきっと怪訝な顔をするだろうな。黙っておこう。
「今回は自ら希望したものなので、嫌がらせではありません。心配して下さってありがとうございます。」
私の表情からも、嫌がらせでは無さそうだと察したのか、紋さんは少しだけ肩の力を抜いて、小さく息を吐いた。
「そう。それなら良かったわ。奏も心配していたわ。また会ったら上手くいったことを伝えてあげると喜ぶと思うわ。」
「はい。」
あ、そういえば奏さんと言えば、紋さんが本を持っているって言っていたっけ。なんだっけ、バルコニーがどうとか…紋さんに直接聞いた方が早いかな。
「あの、紋さん。」
「何?」
「海外の本で、バルコニーを上って会いに来るようなお話ってご存知ですか。」
「バルコニー……海外……、もしかしてロミオとジュリエットのことかしら?」
「あ、それです。そんな名前の本です!」
「私の部屋にあるけれど。その本がどうかしたの?」
数日前に奏さんが私にベランダに梯子をかけて会いに来たんです。それでロミオとジュリエットみたいだって言いだしたので、どんな話か興味があって…って正直に言うわけにもいかないよね。寮から無断で外出したこともバレてしまう。ここは出来るだけ当たり障りのないように答えるのが無難だよね。
「ええっと、少し興味があって。」
「本に興味があるの?」
んん?紋さんなんだか少し嬉しそうな顔をしている。
「普段はあんまり本は読まないんですけど、この作品はちょっと気になったといいいますか……。」
「ええ、とっても素敵な話よ。海外の作品で、悲劇ではあるものの確かな愛がそこにあるというか…ああ、あまり話の内容は言わない方がいいわね。良かったら本を貸しましょうか?」
紋さんの流れるように話す口調。きっと読書が好きなんだろうな。うん、部屋で本を読んでいる姿が容易に想像できるし、良く似合っている。
「いいんですか?お借りして。」
「ええ、その代わり読み終わったら感想をきかせてね。」
「はい!もちろんです。ありがとうございます。」
そのまま私は紋さんの部屋に行き、本を借りた。思ったより分厚い。これは読みごたえがありそうだ。
紋さんは、海外の作品だから、登場人物や建造物の名称がわかりにくいことがあると思うけれど、そこは想像力でなんとかしてね、と添えて渡してくれた。私はずっしりとした本の重さを両手で感じながら部屋に戻ることになった。
「ただいま。」
「おかえり。琴ちゃん。どうだった?」
「上手くいったよ!ありがとう!ワンピース喜んでもらえたよ!」
「わあ!良かったね!お疲れ様。おにぎり用意してるよ。」
部屋に戻ると結衣ちゃんがおにぎりを用意してくれていた。大きさがバラバラのちょっと不格好なおにぎりだった。
「梅と、おかかと、昆布。好きなの食べてね。」
「ううん、ありがとう。」
結衣ちゃんって意外とこういうことは苦手だったんだ、新たな発見。
「ごめんね。ちょっと不格好なおにぎりだよね。綺麗な三角にならなくて。」
「ううん、一生懸命さが伝わって来るよ。いただきます。」
私はおにぎりを口に運んだ。ちょっと塩が効きすぎている不格好なおにぎりは、温かくて優しい味がじた。
「美味しい。」
「良かった。」
私たちは顔を見合わせて笑った。
「あ、そうだ。結衣ちゃん。奏さんからきいたんだけど、私が倒れた時に医務室の先生を呼んでくれたのって結衣ちゃんだったんだね。お礼を言うのが遅くなってごめんね。結衣ちゃんありがとう。」
「えっと、なんか改めて面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいね。」
結衣ちゃんは照れくさそうに笑った。
「どういたしまして。」
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