第41話 寮まで送ろうお嬢さん
薄暗い廊下を並んで歩く。生徒は私と奏さん以外はいないのか、とても静かだった。廊下に私たちの足音だけが響く。
「そういえば琴ちゃん、同室の子とはうまくいっている?」
「はい。とっても仲良くやってますよ。」
「良かった。あの子良い子だよね。」
「はい。本当に優しくて。」
「うんうん。優しい子だよね。琴ちゃんが倒れた時も、医務室の先生を呼びに走ってくれたのはあの子だからね。」
「そうだったんですか?」
「うん。血相変えて走って行ったよ。」
そうだったんだ。結衣ちゃん…。今度またお礼しないとな。
「まあ、志津子の可愛がっていた妹分だから、しっかりしてる子だとは思っていたけどね。志津子は少し抜けたところがあるから。」
「志津子さんを知っているんですか?」
「うん。」
奏さんは当然かのように頷いた。
「志津子は私の同級生だったからね。言ってなかったっけ?」
「言ってませんし!初耳です!」
「あれ、そうだったっけ。ごめんね。」
ハハっと軽く笑う奏さん。全然ごめんという気は無さそうだ。
「まあ、私が知ってたのは志津子が妹分が出来たって喜んでいたくらいだから、どんな子なのか詳しいことは志津子から聞いてはいなかったけどね。私毎日学校通っていたわけじゃなかったから。」
「毎日通ってないんですか?」
「度々さぼって喫茶店や男装で街中を歩いたり。」
悪びれもなく話す奏さん。学校サボって大丈夫なの?というかご両親や、あの使用人の方々にバレたら相当怒られるんじゃないだろうか。
「それってご両親や使用人の方々にバレたら怒られません?」
「うちは自由主義だから。」
「そんなまさか。」
「琴ちゃん、固定概念は捨てた方がいいよ。いくらお嬢様っていう分類に当てはまる人物でも、以外と自由にやらせてくれる家もあるのさ。私の家みたいにね。まあ、あんまりにもサボるとさすがにコルリたちに怒られるけど。」
奏さんは楽しそうに話してくれた。そういえば奏さんの家庭環境って全然知らないな。ご両親のこととか、いるのか分からないけれど兄弟とか姉妹とか。聞いても良いのかな。
「あの、奏さ…。」
「琴ちゃん、寮に付いたよ。」
いつのまにか寮の前に到着していた。
「あ、ごめん。何か言おうとしてた?」
「いえ、何でもありません。」
「そっか。はい、これ鞄ね。残りの作業頑張ってね。あんまり無理はしないこと。困ったらいつでも力になるから。何でも言ってね。」
そういって奏さんは私を寮の玄関先まで送り届けると、颯爽と踵を返して帰ってしまった。なんだろう。胸の奥がモヤモヤする。嫌がらせを受けていた時とは違うモヤモヤ。この気持ちをうまく言葉として表現できないのがもどかしい。
「だめだ、切り替えないと。早く作ろう。」
私はブンブンと首を左右に振った。
「遅れて申し訳ありません。日野琴子、ただいま帰寮しました。」
寮に戻った私は、急いで余った生地で花を作り、胸元に縫い付けた。それは予想以上に可愛らしい仕上がりで、大人っぽさと少女らしさが両立する出来に仕上がった。あとは本人に渡すのみ。時計をみると約束の時間の丁度五分前。
「まずい。急がないと。」
私はワンピースを紙袋に入れて、走り出した。
「寮母さん、すみません。これの受け渡しをするので、校門前まで行ってきます。渡したらすぐに戻ってきます。」
「はいよ。」
寮母さんに頭を下げ、走って学校へ向かう。寮と校門は目と鼻の先。時間にはギリギリ間に合った。校門前には不安げな顔をした少女が一人。傍には使用人らしき人がいる。
「はあっ、はあ、お待たせしました。どうぞ。」
息も切れ切れに私は紙袋を彼女に手渡した。彼女は不安気な顔をしたまま紙袋を受け取り、その中からワンピースを取り出す。
大丈夫だろうか。気に入ってくれるだろうか。もしこんなの嫌いだ、どうしてくれるんだ、って言われたらどうしよう。私はぎゅっと目を瞑った。
彼女の口から出た言葉は予想外だった。
「………綺麗。」
私は顔を上げる。すると、彼女の両目には大粒の涙が浮かんでいた。
「綺麗よ。すごく綺麗で可愛い。最初に仕立ててもらったものより好きかもしれないわ。ありがとう、本当にありがとう。特にこの胸元の花が気に入ったわ。日野さん、ありがとう。」
「わっ。」
彼女はワンピースを持ったまま私に抱き着いた。女の子らしいお花の香りがした。花が好きなのかな。
「お嬢様、急に抱き着いては相手がびっくりしますわ。」
「ごめんなさい。」
使用人の声かけに、彼女は私からゆっくり離れると、私の手を取り何度も手をブンブンと振った。何度も何度もありがとうと言ってくれた。
「気に入ってもらえたようでよかったです。」
「本当にありがとう。こんな風に素敵に作り替えてしまえるなんて、あなたは魔法使いのようだわ。これで明日のお見合い乗り切れそうだわ。お礼は何が良いかしら?」
「お礼なんていいですよ。喜んでもらえただけで充分です。」
「そんなこと言わないで。お洋服でも宝石でも食べ物でも、なんでも用意するわ。」
「大丈夫です。本当に大丈夫ですから。」
「本当に?」
「はい。本当に。」
「日野さんって変わってるのね。」
「そうですか?」
「うん。欲がないっていうか……ああ、でももしかしてそういうところが、奏様に好かれた理由だったのかもしれませんわね。」
彼女はにっこり笑った。
「お見合いが上手く行ったら、学校では日野さんに一番最初に報告するわね。本当にありがとう。このご恩はかならず。」
そう言い残して、彼女は宝物のように大事に両手でワンピースを抱えて車に乗って行ってしまった。
無事渡せてよかった。気に入ってもらえてよかった。
ホッと胸を撫でおろして、空を見上げた。いつの間にかちらほらと星が輝き始めていた。
「さあ、寮に戻ろう。結衣ちゃんにも上手くいったって報告しないと。」
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