第40話 胸に咲く花
「奏さん?どうしてここに?」
「紋ちゃんに用があって寮に行ったら、琴ちゃんが今日は何やら洋裁室に籠って作業をしているって聞いたから様子を見に来たんだ。どう?作業は順調かな?」
「はい。作業自体はほとんど終わったんですけど、なんかこう…もう少し可愛らしさというか、女学生らしい可憐さみたいなものを足したいのですが…。今のままだと少し大人っぽすぎると思って。」
私は小脇に抱えているワンピースを広げて奏さんに見せた。奏さんはそれを上から下までじっと見た。
「なるほど。元はどんな形だったの?」
「えーと、こんな感じです。」
ワンピースをサッと畳んで、さっき袋に突っ込んだ中から紙と鉛筆を取り出し、簡単に絵をかいて奏さんに見せる。奏さんはそれを見て驚いていた。
「この形をそれに作り替えたの?」
「はい。」
「今日一日…いや、半日以下の時間で?」
「そうですけど…?」
「いやあ、やっぱり琴ちゃんはすごいなあ。」
奏さんは感心したようにパチパチと拍手をした。なんだか照れくさくなって、落書きのように書いたその紙を私はクシャっと丸めた。
「あらら、どうして丸めるのさ。」
「いいじゃないですか。」
もう、と付け足して私はクシャクシャに丸めた紙をゴミ箱へ投げた。紙は的を外して、ゴミ箱のフチに当たって転がった。奏さんは苦笑している。
「笑わないでください。」
「笑ってない笑ってない。」
「笑ってますよ。」
「ははっ、ごめんごめん。面白くてついね。」
奏さんは丸まった紙を拾って、そのままゴミ箱へ……入れず、それをもって私に見せる。
「話を戻すけど、もし切ったスカートの生地が余っているなら、こんな風に花にして胸元へ付けてみたらどうかな?可愛らしさが出ると思うよ。」
奏さんは丸まった紙を自分の胸元に当てた。クシャクシャのただの紙が奏さんの胸元にあるとなんだか本当に綺麗な花のように見えてしまう。……確かにいいかもしれない。うん、ワンピースと同じ生地だし、可愛らしさを表現できる気がする。
「それ!良いと思います。」
「良かった。琴ちゃんのお気に召す回答が出来たようで何より。」
ふふっと奏さんは笑った。
「それはそうと、一つ聞いておきたいんだけど、この作業は無理やり頼まれたもの?」
「違います!これは、私の希望で引き受けたものです。決して嫌がらせではないです。」
「そっか。それなら良かった。もし嫌がらせだったらどうしようかと思って心配したよ。」
「………心配してくれるんですか。」
「もちろん。当たり前じゃないか。君は私のエスだよ?何をいまさら。」
「そうですか。……そうですよね。」
私の答えに奏さんは不思議そうな顔をしていた。そうだ。この学校を通う条件でエスの関係という設定をしているんだ。学校にいる間はその設定のままいかないといけない。
だからこそ、これは設定に沿っているものであって、私自身に向けられている言葉ではない。自惚れてはいけない、私。
「琴ちゃん?どうしたの?」
「いえ、何でもないです。もう学校しまっちゃいますよね。残りは花を作って胸元に付ければ完成なので、あとは寮の部屋でちゃちゃっと片付けちゃいます。」
「そっか。寮まで送るよ。」
「すぐそこなので大丈夫ですよ。」
「だーめ、遅い時間までいっぱい頑張っている可愛い女の子を一人で歩かせるなんて出来ません。」
奏さんは有無を言わさないように、中身がごちゃごちゃになっている袋をひょいと肩にかけると、もう片方の手で私の手を取った。
「ほら、行こう。」
「わっ。」
私は片手で作りかけのワンピースを小脇に抱え、もう片方の手は奏さんに引かれて歩き出した。奏さんの手は相変わらず冷たかった。
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