第39話 やってみます

「琴ちゃんは仕立て屋で修行をしていた時期があるんですよ。」


 結衣ちゃんはあくまでも仕立て屋で働いていたことは伏せて話してくれた。


「修繕できるか一旦見せてってことだよね。琴ちゃん。」

「うん。そ、そういうことなので見せてもらっていいですか。」


 彼女に再び声を掛けると、彼女は眉間に皺を寄せたまま私にワンピースを渡してくれた。


「ありがとうございます。」


 私はワンピースを受け取って、破れた場所を中心にみる。なるほど。これは普通に穴を閉じるように繕っても、ここに穴がありました!と言わんばかりに目立ってしまう。破れた位置は私の思った通り、太ももの部分だ。幸いにも破れた場所は服の真ん中ではなく、やや片方に寄っているから、片足の太ももの部分が丁度破れている状態だ。


 スカートはロング。これを何とかするなら、スカートを応用して形を変えるしかないけど、この子が承諾してくれるかな。


 私はちらっと彼女をみた。彼女は悲しみと不安と期待が入り混じった難しい表情をしていた。


「あの、提案なんですけど、このワンピースの形って変えてはいけませんか?」

「形を変える?」

「はい。例えばなんですけど、このロングスカートのスカート部分をひざ下で切って、タイトスカート風にします。そして切った裾を利用して、腰にリボンを作って片側に寄せます。さらに緩やかなヒダにして……って、分かりにくいですよね。」


 私は鞄から適当に紙を取り出して、出来そうな完成形を書き出してみた。彼女はそれをじっと覗き込んだ。


「……これ、本当に出来るの?」

「やってみないとわからないですけど。」

「どれくらいかかる?……お見合い、明日なんだけど。」

「今からすぐに取り掛かれば、今夜中には。」


 彼女の顔がパっと明るくなった。


「本当?本当に本当?」

「どっ努力はします。でもせっかくのワンピースにハサミを入れることになりますし、形を大きく変えてしまうことになってしまいますが、良いんですか?」

「構わないわ!この色、この生地、この襟元のレースが好きなの。それだけ残して貰えればこの際何も言わないわ。お願い。何とかして。お願い……お願いします。」


 彼女は強気な口調だったけれど、その瞳はウルウルと涙ぐんでいた。今にも泣いてしまいそうだ。


教室中の視線が私に集まっている。

 私は小さく頷いた。


「やってみます。」


「あ、でも洋裁室のミシンの使用許可を取らないと。」

「私が取って来るわ。」


 彼女は勢いよく教室から駆け出した。



「琴ちゃん大丈夫?手伝うことあったら何でも言ってね。」


 結衣ちゃんは私の顔を覗き込んだ。


「ありがとう結衣ちゃん。じゃあ、寮長さんに間に合うように努めますが、帰寮が遅れる可能性があると伝えてもらっていいかな?」

「分かった。伝えたらまた戻って来るね。」

「ありがとう。」




 それから私は洋裁室に籠って作業を開始した。

 これ、さすがお見合い用の服。かなり上等な生地だ。こんな生地に挟ハサミを入れる日が来ようとは。失敗は許されない。私は深呼吸をして、ゆっくりとハサミを持つ手に力を込める。ゆっくりとハサミは生地を切り離していく。もう後戻りはできない。




 結衣ちゃんは寮長に報告と、ついでに夕食などの確保をしておいてくれると言い残し寮へ向かった。洋裁室には私一人。静かな部屋。時計は夕刻。夜までに仕上げて渡さないと。


 明日お見合いの彼女は寮生だが、明日がお見合いということでここ数日は特別に実家から通学している。彼女とは夜の七時に校門前で受け渡すことを約束した。


洋裁室は夜間の使用は出来ないため、今からざっと二時間程度しか作業時間はない。これを二時間で仕上げなければいけないということだ。そのあと寮に戻って作業するとしても、夜の七時までだとそう時間はない。急がなければ。


私はもくもくと作業を進めた。


 仕立て屋で働いているときに、松恵さんたちの作業を見たり、時間があるときに教えてもらっておいて本当に良かった。次何をすべきか。どうすればいいか。頭で考えるよりも先にスッスと手が動いていく。



 刻々と過ぎていく時間。


 ワンピースはどんどん予定した形に近づいていく。



「よし。何とかなりそう。」



 無事ほとんどの修繕作業が終わったのは、学校閉門のニ十分前。受け渡しの時間も迫っている。幸いにもミシンで出来る作業は終わった。あとは細やかな微調整だ。


 バンっとワンピースを広げてみる。最初に比べれば随分大人っぽい形になってしまった。それはそうか。裾が広がった可憐な少女のようなワンピースが、腰にリボンはあるもののタイトスカートになって、女性らしいシルエットが浮き上がるように縫い直してしまったのだから。もしあの子や、あの子のお見合い相手が可愛い少女らしい服が好きだったらどうしよう…。まだ十代だもの、もう少し可愛らしさやあどけなさを足した方がいいかな。


 破れた側を、穴をふさいで上から見えないように緩やかなヒダをつくり、可愛らしさも足したつもりだったが、まだ大人っぽさの方が勝っている。


「どうしようかなあ。いけない、こんな時間?あとは部屋に戻って少し考えよう。」


 私は服を畳んで小脇に抱えて洋裁室の戸を開いた瞬間だった。


 ゴンッ



「痛っ。何で戸を開いたのに壁が…。」

「なんでだろうね。」

「え?」


 おでこを押さえながら顔を上げるとそこにいたのは奏さんだった。


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