第38話 何かが変わるとき

 その日はよく眠れた。どうしてかわからないけれど、朝の目覚めは今までで一番すっきりしているかもしれない。時計を見れば朝の五時を回ったところ。窓を開けると、青色から薄橙色に滲んでいく空が非常に綺麗だった。


「あれ?琴ちゃんもう起きてたの?」

「ごめん、窓開けたんだけど…寒くて起きちゃった?」

「ううん、大丈夫。普通に目が覚めただけだよ。」


 ふんわり笑う結衣ちゃんも表情もどことなくすっきりしているように見えた。



 それから私たちは、それぞれ支度を済ませると、一緒に朝食を食べに食堂へ向かった。相変わらず嫌がらせな言葉や視線はあるものの、隣に結衣ちゃんがいるだけでなんだかとても心強く感じた。それに不思議と嫌がらせがそんなに気にならない。


「琴ちゃん、なんだか嬉しそうだね。」

「結衣ちゃんといるからかな?」

「あ、浮気?駄目だよ。私には志津子さんがいるんだから。」

「そういう意味で言ったんじゃないって。」

「ふふっ、知ってる。」


 こんな冗談を言い合えるくらいには元気みたいだ。


 それから数日が経過したが、結衣ちゃんはもう夜に出歩くことはしなくなったし、嫌がらせの数自体も少しずつ減っている気がする。まず、寮の当番も押し付けられることはほぼなくなった。多分これは紋さんの力が大きく働いていると思う。


「紋さんに感謝しないとなぁ。」


 そんなことを呟いてしまうくらいには、マシな日々を送っていた。まあ、相変わらず奏さん絡みになると、陰口はあるし、ありえないような噂話もあるんだけど。


そして本日、事件は起こった。




「ねえ、これ見て下さらない?明日のお見合いで着るつもりですの。」


 一人の同級生が教室内で可愛らしい洋服を広げていた。淡い桃色のロングスカートのワンピースだ。襟元にレースがあしらわれていて、清楚な感じがとても可愛らしい。さすがお嬢様が着る勝負服。私はそのやり取りを遠目に見ていた。


「素敵ですわね!見せてくださいまし。」

「良いですわよ。」


 彼女は声をかけてきた子にワンピースを渡した。そしてその子の手に渡った瞬間だった。


「あっ。」


 ビリッ


 不穏な音が教室内に響く。どうやら机の側面からわずかに出ていた釘にスカートが引っ掛かったようだ。そして教室中の視線がワンピースに集まった。釘に引っかかったスカートは、派手に破れてしまっていた。しかも場所が目立つ部位。丁度太ももあたりになるだろうか。


「ごっごめんなさい。悪気はないのよ。」

「返して!」


 彼女は奪い取るようにワンピースを手に取った。何度みても大きな破れたあと。どれだけ見つめても塞がるわけもなく、彼女の瞳にはあっという間に大粒の涙が浮かんでいた。


「ごめんなさい。弁償しますわ。」

「無理よ!」


 ポロポロと涙をこぼしながら彼女は声を荒げた。


「これは私だけのために作ってもらったものなの。お見合いは明日よ?もう間に合わないわ。」


 彼女はワンピースに顔を埋めてそのまましゃがみこんでしまった。しゃくりあげる声だけが教室に響く。


「お見合い……、明日なのに……もう駄目だわ。」


 今にも消え入りそうな彼女の声。教室中の空気が一層重くなる。


「そんな大事な服なら持ってこなければ良いんじゃないの?」

「確かに。」

「自慢気に見せてくる方も悪いよね。」


 誰かが言った一言に合わせて数人が口を開いた。誰が言ったかはわからない。彼女はぱっと顔をあげて、教室中の生徒を見渡す。


「誰?今言ったの。」


 もちろん誰も挙手しない。彼女はさらに大粒の涙を浮かべて、顔をくしゃくしゃに歪めた。


「ひどい。」


 まずい、教室の空気はすごく悪い。それにこのままだとこの子が批難の的になっていくような気がする。

 そういえば、仕立て屋に勤めているときに破れた服の補修も松恵さんやタケさんや小梅さんがやってたっけ。特に松恵さんは、傷が大きい場合は違う形に作り替えたり、小物に作り替えてしまったり、いろいろ依頼に合わせてやってた印象がある。


 私にも出来るかな。何となく方法は分かる。出来るか出来ないかは、やってみないとわからないけれど。



「あの……。」


 私はおずおずと手を挙げた。普段から陰口を言われたり、奏さんとの関係であったりで、あんまり教室内でいい印象がない私だ。彼女は怪訝な顔で私を見た。


「何よ。」


「そのスカート、見せてもらっていいですか。」

「どうして?」

「それは…。」


 どうしよう。直せるかもしれないから見せてください…って言ったらどんな顔するかな。仕立て屋で働いていたから…なんて言えるわけないし。


 返答に困っていると、私の隣で今までの経緯を見ていた結衣ちゃんが口を開いた。


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