第36話 ごめんなさい!

 少しの沈黙が流れる。何て切り出そう。そう思っていたのは結衣ちゃんも同じだったようで、お互いの声が揃った。


「「あの。」」


 顔を見合わせて笑いあう。


「結衣ちゃんからどうぞ。」

「琴ちゃんこそ。」


「「じゃあ。」」


 また声が揃ってしまった。


「ごめんね。」

「私こそ。」


 ふう、と息を吐いて私は空を見上げた。そして、よしと気合いを入れなおして口を開く。


「志津子さんから聞いたよ。結衣ちゃんのこと。」

「そっか。」

「もしかしてだけど、結衣ちゃんが夜度々寮からいなくなってたのって、私が嫌がらせで怪我しないように事前に避けて置いてくれてたから…だったりする?ああ、えっと、思い違いだったらごめんね。」


 結衣ちゃんはふーっと息を吐いた。そして眉をハの字にして笑った。


「あーあ、バレちゃった。」


 やっぱり結衣ちゃんがいなくなっていたのはそういうことだったのだ。


「ごめんね。助けて貰ってたのに疑うような真似して。」

「ううん、こちらこそごめんなさい。疑われるような真似したのは事実だし…。ごめんね。」

「謝るのはこっちだよ。怪我してない?大丈夫だった?」

「うん。それは大丈夫。ほらどこも怪我してないでしょう?」


 結衣ちゃんは両手を広げて私に見せてくれた。確かに怪我っぽいのは見当たらない。

 そういえば、食堂で食器をひっくり返したときも、割れた食器を集める時に怪我の心配をしてくれていたっけ。


「何で私なんかのために。」

「大事な同室の友達だから、かな。」

「でも私は結衣ちゃんに何もしてないよ。」

「……愛称。」

「へ?」

「初めて会った日に、結衣ちゃんって愛称を提案してくれたでしょう?」

「う、うん。」


 確か寮の部屋を紹介してもらった時に、お互い敬語はやめようって提案したんだっけ。軽い気持ちで言ったつもりだったんだけど。


「志津子さんにもずっと『結衣ちゃん』って呼ばれてたの。この学校で結衣ちゃんって呼んでくれるのは志津子さんだけだったから、なんだか琴ちゃんに『結衣ちゃん』って呼ばれたら懐かしくなって、それから嬉しくて。この辺りがポカポカしたの。」


 結衣ちゃんは自分の胸にそっと手を当てた。風で綺麗なおさげ髪がふわりと揺れた。


「だから何かあったら力になりたいなって思ったんだよ。」


 そんなことで。


「でも逆に琴ちゃんを不安にさせちゃったから、本当にごめんね。」

「違うよ!」


 私は声を荒げた。


「結衣ちゃんは本当に謝らなくていいよ。謝らなきゃいけないのは本当に私。こんなに結衣ちゃんが私の事を大事に思ってくれていたのに、それに気づかないなんて。気づかないどころか疑うなんて。ああもうっ、私の馬鹿。」

「こ、琴ちゃん?」


 私は自分の頬を力任せに叩いた。思いの他痛かった。両頬がヒリヒリする。結衣ちゃんは驚いた顔をしていたが、それから私の両頬を包み込んだ。


「もう、怪我しないように先回りしてたのに。自分で自分を傷つけちゃ駄目だよ。」


 困ったように笑いながら私の頬を包み込む。結衣ちゃんの手はやっぱり温かかった。


「ごめん。」

「いいよ。」


 結衣ちゃんの手の上から自分の手を重ねる。


「でももう先回りしないでね。」

「えーどうしようかな。」

「今度結衣ちゃんが外に外出したらついていくから。」

「それは困るかな。」

「駄目。あ、でも志津子さんとの逢瀬を楽しむなら話は別。」

「もう、何それ。」


 今度は結衣ちゃんは楽しそうに笑ってくれている。私もつられて笑った。いつの間にか月が出ていて、空の星々はより一層輝いて見えた。



 一呼吸置く。こんなに結衣ちゃんは私の事を大切にしてくれていたんだ。私も結衣ちゃんに隠し事は良くない…よね。


「結衣ちゃん、次は私が結衣ちゃんに言わなきゃいけないことがあるんだけど。」

「何?」

「驚かないでね。」

「内容によるかな。」

「もう。」


 ふう、と息を整える。


「あのね、結衣ちゃん。――実は。」

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