第32話 喧嘩

あれから寮に戻って、紋さんの部屋で最近あったことを洗いざらい報告した。紋さんは肯定をするでも否定するでもなく黙って聞いてくれた。それから紋さんの部屋を後にして部屋に戻る。なんだから今日は一日いろんなことありすぎてどっと疲れた気がする。


部屋着に着替えて、ベッドにバタンと倒れ込むと、頭に固いものが当たった。あ、そういえば都さんに髪飾りを付けてもらったんだっけ。手探りで髪飾りを外す。どうやらバレッタになっているようだった。


「よし…取れた。あっ。」


 髪飾りは、可愛らしい花が連なっているものだった。しかもこの花は…


「月見草?」


 こんな偶然ってあるの?私は両手でその髪飾りを包み込んだ。ついさっきのことのように思い出せるあの景色。そして今にも消えてしまいそうな儚げな奏さんの顔。



「あれ?琴ちゃん帰ってきてたんだ。」


 カチャ、と音がして扉が開けばそこには結衣ちゃんがいた。


「結衣ちゃん。」

「どうしたの?なんか嬉しそうだね。」

「そ、そうかな。」


 私は布団の中に髪飾りをサッと隠した。


「体調は大丈夫?体調崩して病院で療養してるって聞いたから。」


 あ、そういうことになってたんだ。


「うん、大丈夫大丈夫。」

「良かった。心配したんだよ。あ、これ今日の授業の板書。良かったらどうぞ。」

「ありがとう。助かる。」


 結衣ちゃんはにっこり笑った。ああ、可愛い。っていうか癒される。


 結衣ちゃんは今学校から帰ってきたようで、制服から部屋着に着替え…と思ったら、よそ行きの服に着替えている。今から出かけるのだろうか。


「結衣ちゃん、何処かへ出かけるの?」

「ん?どうして?」

「いや、服が余所行きだなと思って。」

「そうかな?ただの私服だけど。」


 いやいや、今から着替えたりお風呂に入ったり寝たりするのにそんな髪の毛を可愛く結いなおしたり、普通はしないでしょう。しかもどう見ても余所行きのワンピースだよね?


「……また夜中にどこかに行くの?」

「え?」

「結衣ちゃんってたまに夜どこかに行くよね?あれってどこに行ってるの?」

「どこにも行ってないよ。琴ちゃんの勘違いじゃないのかな?」

「嘘つかないで。」


 しまった、少し強い口調になってしまった。結衣ちゃんを見ると、結衣ちゃんは何とも言えない顔をしていた。


「………嘘じゃないよ。琴ちゃん怖い顔しないでよ。」


 結衣ちゃんは笑って見せるけど、笑顔がぎこちない。やっぱり嘘をつかれている。そういえば結衣ちゃんって私が嫌がらせされているとき、大概いないような…。嫌がらせを受けたあとにいつも、大丈夫って顔をのぞかせてくれるけど。もしかしてだけど、嫌がらせに加担してるってことはないよね?いやいや、友達を疑うのは良くない。良くないけど、例えばこの夜の抜け出しが花房さんたち嫌がらせをしている子たちに私の情報を伝達するための行動だとしたら?

 そして嫌がらせのタイミングでいつもいないのは、私は嫌がらせには加担していないという証拠づくりのためだとしたら。駄目だ、悪い方向に考えてしまう。


「琴ちゃんだって…。琴ちゃんだっ本当は病院で療養じゃないよね?奏さんが連れて行ったって噂だよ?」

「それは…。」

「ほら、琴ちゃんだって私に嘘ついてるよね?私だけ責められるのっておかしいよね。」

「じゃあ、はっきり言うよ。昨日放課後倒れたの。偶然居合わせた奏さんが助けてくれて、奏さんの家に常駐してるお医者様にも診察してもらったよ。嘘だと思うんだったら、寮長でも奏さんでも聞いて。次は結衣ちゃんが答えてよ。夜に何処に行ってるの?」

「それは……。」

「……言えないんだ。もしかして、嫌がらせに加担してるから言えないとか?」

「それは違うよ。」

「ほんとかな?」

「本当だよ!」

「じゃあ、何してるか教えてよ!」

「それは出来ないの!」


 お互いに声を荒げる。隣の部屋にまで聞こえてしまうんじゃないかっていうくらい大きな声。ハアハアとお互い息を切らせている。


「……ごめん。言い過ぎた。」

「ううん、私も。ちょっと頭冷やしてくるね。」


 結衣ちゃんは部屋を出て行ってしまった。一人取り残される私。あーあ、喧嘩するつもりはなかったのに。ついつい疑心暗鬼になってしまった上に、結衣ちゃんに当たってしまった。それにしても結衣ちゃんは夜に何処に行ってるのか言わなかったな。


 西日が差し込む部屋。日は沈む、外はどんどん暗くなっていく。結衣ちゃんは部屋に帰ってこなかった。

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