第31話 お待たせ
さらに車に乗ること三十分程度。奏さんに連れて来られたのは寮の近くの小さな本屋だった。
「ついてきて。」
奏さんはそのままズンズンと本屋の奥に入っていく。そして小さなのれんをくぐると、その先はテーブルと四人掛けの椅子だけがある小さな部屋になっていた。ちょっとした秘密基地のようだ。そこには先客が座っていた。良く見知った人物。紋さんだ。
「今日は時間通りね。……あなた達、その恰好は一体何かしら。」
「デートだったからね。」
「……どこが体調不良で欠席よ。」
「ごめんごめん。仮病使ったことは学校には内緒にしてね。」
「何故?」
「だって私が授業をサボった不真面目生徒みたいじゃないか。」
「不真面目なのは事実じゃない。」
「こんなに真面目な生徒何処探してもいないよ。」
「どの口が。サボって男装して街中ほっつき歩いているのはどこの誰よ。」
「さあ?」
紋さんはため息をついた。話のらちが明かないと思ったんだろう。
奏さんはけろっとしているし。きっといつもこんな調子で紋さんと会話しているんだろうか。そのまま奏さんは私に座るように促し、紋さんを前に二人並んで座った。
「で、紋ちゃん。調べはどう?」
「一日で調べ上げるの大変だったのよ。おかげで睡眠不足も良いところだわ。感謝してほしいものね。」
「今度珈琲奢るよ。」
「当然よ。」
紋さんは鞄から数枚の紙を取り出して奏さんに出した。
「まず、一つ言わせて頂戴。」
紋さんはスッと私を見据えた。
「日野さん、どうして私に相談しなかったのかしら。授業や学校内での嫌がらせはともかく、寮での出来事は相談してほしかったわ。たとえそれが真実であろうが虚偽であろうが、寮での問題の責任は私にあるから。」
「すみません…。その、紋さんにご迷惑おかけしたくなくて。」
「言い訳は結構よ。事実を的確に報告するのが寮生の仕事。覚えておくことね。」
「……申し訳ありません。」
深々と頭を下げる。言い訳したわけじゃなかったんだけどな。
「紋ちゃん、言い訳じゃなくて琴ちゃんは本心だと思うよ。」
「知ってるわ。」
「へ?」
私は下げていた頭をゆっくり上げる。
「ここまでが寮長としての見解。ここからは私、月守紋としてお話しするわ。」
紋さんは先ほどまでの厳しい表情をほんの少し緩めた。
「大変だったでしょう。学校では授業中の嫌がらせ、課題の押しつけ、寮では当番の押しつけもあったそうね。他にも、教科書にカッターが仕込まれていたり、衣類や靴の中に待ち針が入れられていたり、机の中にガラス片が入れられていたりしたそうだけど、怪我はしていない?」
「えっ。」
授業中や寮での嫌がらせはあったが、カッターや待ち針の話は知らない。私はどこも怪我をしていないし、怪我をするような嫌がらせは受けていない。何かの間違いだ。
「あの、確かに授業中や寮での嫌がらせはありましたが、カッターや待ち針は今初めて聞いたのですが。」
「そうなの?でも確かに行動履歴は残っているし、仕組んだ生徒の名前までこちらは把握しているのだけれど…おかしいわね。」
「紋ちゃん、その調べは確かなの。」
「そのはずだけれど。」
あれ?と紋さんも首を傾げている。でも事実、私は体を傷つけられるような嫌がらせは一切受けていない。どういうことだろう。もしかして仕掛けたはいいものの、犯人がまずいと思って私が遭遇するまでの間に回収していたとか。……そんな良心的な犯人がいたらそもそも行動に出ないか。
「まあ、紋ちゃんの調べも多少誤差はあるかもしれないし、とりあえず琴ちゃんは今回の件はちゃんと琴ちゃんの口から紋ちゃんに報告してね。そして今後も嫌がらせを受けた場合はとりあえず紋ちゃんに相談。紋ちゃんが相談しづらかったら私でもいいからね。」
「ちょっと奏。私が相談しづらいってどういうこと?」
「紋ちゃんよく眉間に皺寄せてるからなぁ。琴ちゃん怖がっちゃうじゃん。笑えば可愛いのにね。」
「私の眉間に皺がよる原因は大概貴女なんだけど。」
「そう?私って愛されてるなあ。」
「どうしてそうなるのよ。」
再び大きなため息をつく紋さん。
「まあ、一応こちらからも寮での出来事を中心に対応させてもらうわ。寮内の秩序を乱すわけにはいかないもの。嫌がらせやいじめは言語道断よ。日野さんは寮に戻り次第私の部屋にきて頂戴。詳しく話を聞くわ。」
「紋ちゃん私はー?」
「貴女は寮生じゃないから寮に入ることを禁じます。」
「えー。冷たいなあ。」
「当然よ。寮生以外は寮に入ることを禁ずる、規則で決まっていますから。それに、貴女は貴女でやることがあるでしょう?」
紋さんは目を細めて奏さんを見つめた。奏さんは、はいはいと言葉を続けた。
「課題とかねー。」
「そういえば課題は終わったかしら?どうせ終わってないんでしょうけど。」
「残念―。今回はちゃんと終わらせましたよ。琴ちゃんと一夜を共にして仕上げたんだから。」
「ちょっと奏さん、その言い方だと語弊があります。」
「日野さん、焦ると余計怪しまれるわよ。奏の言い方は昔から良く知っているので大丈夫。朝方まで見張ってくれていたのでしょう?」
さすが紋さん…奏さんのことをよくわかってらっしゃる。
「紋ちゃんたら、私のこと詳しいんだから。さすが私のファン。」
「何を言っているのかよく分からないわ。」
紋さんは追加で鞄から数枚の紙を取り出すと、全てまとめてトントンとテーブルの上で整えると、そのまま奏さんへ渡した。
「一応全部目を通しておいて。日野さんはこのまま寮に帰るわよ。」
用は済んだから、と言わんばかりに紋さんは立ち上がった。
はっ、そういえば私は奏さんに洋服も借りたままだし、鞄とか制服とか奏さんの家に置いたままだ。
「すみません、着替えてから寮に戻ります。」
「ああ、その心配はないから大丈夫だよ。」
「奏さん?」
「琴ちゃんの制服とか鞄とか既に寮に届いているはずだから。そのままの恰好で寮に戻ってもらって大丈夫だよ。」
いつの間に。
「そういうことだから行きましょう。ここから寮までは歩いてすぐだから。」
「そういうこと。じゃあ、また明日。琴ちゃん。」
「えっと、その…。」
奏さんは私を立ちあがらせると、紋さんと並べて背中をトンと押した。私は何度か振り返ったが、奏さんはヒラヒラと笑顔で手を振っていた。
昨日の事とか、今日のこととか、まだお礼を言えていないのに
「奏さん!」
「ん?」
「昨日も今日もありがとうございました。」
奏さんは少しだけ驚いた顔をして、それからフッと笑った。
「どういたしまして。また迎えに行くから待っててね。可憐なお嬢さん。」
整った顔でまた女の子がときめいてしまいそうな台詞を言ってこの人は…。
私は反射的に赤くなってしまった顔を隠すように、ペコっと頭を下げて紋さんに付いていった。
「さてと、行きますか。」
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