8話

中央銀行の金庫室から溢れ出したアイテムの光が、夜のラセツの街を不気味に照らし出す。広場のプレイヤーたちは、まるで夢遊病者のようにアイテムを拾い集め、歓喜と混乱の入り混じった奇声を上げていた。

『ひゃはは! 見ろよ主! あのデータ中毒者共の顔! 最高に愉快だぜ!』

マモンの声が脳内で弾ける。彼の言う通り、街はカオスだった。秩序を示す「白」のネームタグを持つプレイヤーも、混沌を示す「赤」のプレイヤーも関係なく、地面に散らばるレジェンダリー級のアイテムに群がっている。

「……やりすぎじゃないか、マモン。これじゃ、この街の経済が完全に崩壊する」

カイトは、自分が引き起こした事態の大きさに眩暈を覚えた。

『経済? この世界の「富」なんてものは、運営が設定した単なる数字の羅列だ。崩壊させて何が悪い。……「それより主様、そろそろ次の「お客さん」が来る時間ですよ』

セラフィエルの静かな声が、騒音を切り裂いた。

カイトが空を見上げると、夜空のテクスチャが歪み、そこから巨大な飛行戦艦が姿を現した。それは天使陣営の最終兵器「アルテミス級戦略母艦」。通常なら、ゲーム後半のレイドボスとして登場するはずのものだ。

【警告:天使陣営『秩序の執行者』が境界領域に侵入しました】

【対象:境界の観測者『カイト』の排除を最優先とする】

「おいおい、イベントが公式認定された途端、やりたい放題だな、運営!」

ベリアルが呆れた声を出す。

飛行戦艦から、数百体もの上位天使NPCが降下してくる。彼らは銀行前の混乱するプレイヤーたちを一顧だにせず、カイトへと一直線に狙いを定めた。

「くそっ、今度は天使か! 僕一人でどうしろって言うんだ!」

『心配ありません、主様。彼らの「秩序」は、私たちの「境界」の前では無力です』

セラフィエルが優雅に羽ばたく。

『おい、そこの不届き者の悪魔! 少し黙ってなさい』

影の中から、新たに落ち着いた、年配の男性の声が響いた。

第5の天使:慈悲のラファエル。

『主様。天使の攻撃は全て「光属性」に偏っています。あなたの影の中に、まだ休眠している「闇属性防御」特化の悪魔がいるはずです。彼を起こしなさい』

「闇属性防御……第6の悪魔、バルバトス!」

カイトが意識を集中させると、足元からずんぐりとした、カエルのような形の影が飛び出した。

『ケロッ……呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン、だケロ。俺様の「闇の皮膚(ダークスキン)」で、光なんて全部吸収してやるぜ!』

バルバトスの影がカイトを包み込み、漆黒のドームを作り出す。

直後、空から降り注いだ天使たちの神聖魔法(ホーリー・ランス)がドームに激突するが、光は闇に吸い込まれるように消滅し、カイトは無傷だった。

「吸収した!?」

『ふん、上出来だケロ。さあ主様、反撃の時間だケロ!』

『……ですが、バルバトスの能力は防御特化。攻撃手段がありません』

ラファエルが冷静に分析する。

その時、銀行から出てきたマモンが、拾ったばかりのロケットランチャーをカイトに差し出した。

『ほらよ主! 強欲な俺が拾った武器だ! これ使えよ!』

カイトは思わずそれを受け取り、飛行戦艦へと狙いを定めた。

『馬鹿な……悪魔が天使の武器を使うなど……あり得ないプログラムだ!』

運営の監視ルームで、オペレーターが絶叫する。

カイトはバルバトスの闇の防御を纏いながら、マモンが拾ったロケットランチャーを構える。そこにはベリアルの「破壊衝動」が乗り移っていた。

「これが、僕の道だ!」

弾丸が発射され、闇のオーラを纏ったミサイルが飛行戦艦のバリアを容易く貫通した。戦艦は轟音と共に爆発し、空中でデータの残骸を撒き散らす。

街は再び、沈黙に包まれた。

運営の想定したシナリオは、完全にカイトという「境界の観測者」によって上書きされていた。天使も悪魔も、そして運営すらも、彼の行動を予測できない。

カイトは、無数のNPCやプレイヤーが見守る中、ゆっくりと次なる目的地へと歩き出した。彼の影は、相変わらず一本に見えるが、その中では14の意思が一つになっていた。




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