7話
中立都市ラセツを沈黙させたカイトの宣言は、システムを通じて全プレイヤーの視界に、血のように赤い【World Event Updated】という文字を刻みつけた。
「……行ったぞ。あいつ、本当に運営の消しゴムを消しやがった……」
静まり返った広場で、誰かが震える声で呟いた。その瞬間、カイトの周囲に「不可侵領域(サンクチュアリ)」とも呼べる空白地帯が出来上がる。欲に駆られていたプレイヤーたちの目に宿ったのは、もはや「金」への執着ではなく、未知の「恐怖」だった。
カイトは、激しく脈打つ自らの心臓を落ち着かせるように、深く息を吐いた。
「ザドキエル……今のは、僕がやったのか?」
『いいえ主様。あなたが望み、私共がその「演算」を肩代わりした。これはあなたと私共の「共有財産(シェアード・プロパティ)」としての奇跡です』
知略の天使、ザドキエルの声は、どこまでも澄んで冷たかった。
その時、背後の影から、今までとは全く異なる「重圧」が這い上がってきた。
足元の14本の影のうち、まだ一度も声を上げていなかった1本が、鎌首をもたげるように不気味に膨れ上がる。
『ひゃはは! 景気がいいねぇ! 天使様たちの「お上品なハッキング」もいいけどよぉ、そろそろ俺にも美味いもん食わせろよ、主!』
脳内を直接掻き回すような、耳障りな笑い声。
第4の悪魔:強欲のマモン。
『おいマモン、出しゃばるな。今はまだ潜伏の途中だ』
ベリアルが制止するが、マモンは止まらない。
『潜伏? バカ言えよ。世界中に顔が売れたんだ、今さら隠れて何になる。主、見てな……この街には「貯蔵庫(サーバー・ストレージ)」がある。運営がプレイヤーに配るはずのレアアイテムや、蓄積された膨大な「経験値データ」が眠る場所だ』
カイトの視界の端に、地図上の特定の地点が黄金色に輝き始めた。
「まさか……街の銀行(バンク)を襲えって言うのか?」
『襲うなんて人聞きが悪いねぇ。「再分配」だよ。運営から主への、迷惑料の回収さ!』
カイトは一瞬躊躇したが、周囲を取り囲むプレイヤーたちの視線に気づき、考えを改めた。今、このまま逃げ出せば、再び「弱い獲物」として追われる。ならば、この街の「ルール」を根底から書き換えるだけの圧倒的な力と富を見せつける必要がある。
「……案内しろ、マモン。どうせまともな道は残ってないんだ」
カイトが歩き出すと、プレイヤーたちがモーセの海割りのように左右へ分かれた。彼が向かうのは、街の北側にそびえ立つ、鉄壁のセキュリティを誇る「ラセツ中央銀行」。
『いい判断だ、主様』
セラフィエルの声には、どこか慈悲深い響きがあった。
『富を独占するのではなく、解放する。それもまた「境界を歩む者」の道かもしれません』
銀行の正面玄関。
そこには、運営が急遽配置したであろう高レベルのガードNPCたちが剣を構えていた。しかし、カイトは止まらない。
右手にベリアルの「破壊」を。
左手にセラフィエルの「守護」を。
そして背後には、マモンの「強欲」を従えて。
「開けろ。……ここはもう、運営の管理下じゃない」
カイトが銀行の扉に手を触れた瞬間、全プレイヤーに新たなシステム通知が飛んだ。
【緊急警告:中央銀行のセキュリティ・プロトコルが破壊されました】
【エリア『中立都市ラセツ』の所有権が「未所属(カイト)」に変更されます】
「街ごと……乗っ取った……?」
2026年、VRMMOの歴史上初めて、一人のプレイヤーがシステムを「買収(ハック)」し、都市の支配者となった瞬間だった。
掲示板(スレ)は再び大炎上する。
「カイト、ガチで魔王ルートじゃねーか」
「いや、これは救世主だ。あいつ、銀行のレアアイテムを無償でバラ撒き始めたぞ!」
カイトの足元で、14本の影がかつてないほど歓喜に震えていた。
物語は「逃亡劇」から、世界を塗り替える「革命」へと加速していく。
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