第16話 暗闇のかくれんぼ

 時刻は夜の22時。


 いつもならベッドに入っている時間だが、ユーリはライラの我儘でゲームに付き合わされている。


 ライラが来てから生活習慣が少しずつおかしくなっているような気がする。

 不満を感じつつも、満更でもないユーリ。


 その時、侵入者の来訪を告げる警報音が鳴る。


「なになに!」


 ゲームのすっかり夢中になっていたライラは、驚いたように顔をキョロキョロさせる。

 その横でユーリは、ディスプレイを監視カメラの映像に切り替える。


 玄関の監視カメラの映像を確認すると、そこには侵入者が映し出されていた。背の高い男だ。


「・・・アルバだ」


 映像を見たライラは声を殺すように呟く。


 監視カメラの映像をよく見ると、アルバの後ろにもうひとり小柄な人物の影が見える。

 ユーリは慌てて立ち上がろうとするが、ライラはそれを制し、小声で耳打ちした。


「音を立てちゃだめ、ズィオ〈老人〉が一緒にいる。あの後ろにいるじいさん、異常に耳が良いから。小さな物音でも居場所がばれる」




 一階に侵入したアルバとズィオ。

 夜とはいえあまりに暗い室内をアルバは懐中電灯の灯りで見まわす。


 ズィオはエントランスまで歩いて行き「ちょっと失礼するよ」と、カーペットをめくる。


 それからおもむろに懐から愛用の音叉が入った袋を取り出した。

 自身の耳に手をやり、両耳に付けた耳栓も取った。


 それを見たアルバは懐中電灯を消し、黙ってズィオを見た。


 ズィオは音叉を床に当て音を鳴らし、それを顔の側まで持ってくると、音叉の発する音に意識を集中させる。


 やがて音叉の音色が止むと「もういいよ」とアルバへ告げた。

 ズィオには音の反響で建物の構造を推測する能力がある。


「外から見た通り、やっぱりこの家は二階建てなのは間違いない。だが妙だね、エントランスがあればそこに階段も付いてるのがふつうなんだが」


 ズィオは首を傾げながら、エントランス正面の高い壁をまじまじと見つめている。


「あと屋敷の両側は、左右とも奥の方におかしな吹き抜けの空間がある。部屋にしちゃ狭い。物置かね?」


 アルバはその言葉を気にしつつ、まずエントランスの奥にある広間を捜索することにした。


 広間には価値の高そうな年代物の家具や調度品が並ぶ。

 だが、どれもかなりの埃を被ったまま放置されていた。


(見たところ、少なくとも数年は人が立ち入っていないようだ)


 アルバは念のため人が隠れていそうな箇所をくまなく確認したが、やはり誰もいなかった。


 エントランスへ戻ったアルバは、待機していたズィオに、左右の廊下のどちらから探してみるか尋ねた。


「今日は南が幸運の方位だ、俺はね」


 ズィオはそう軽口をたたく。

 アルバはそれを聞いて、右側の廊下に通じるドアを開いた。


 右側には水回りが集まっており、こちらも広間と同様に埃が溜まっている。

 

 廊下の一番奥まで来た。


(おかしい、この位置にはガレージがあったはずだが)


 アルバの目の前には厚い壁があった。

 不審に思い、念のために、ズィオに音で確認をさせた。


「ドアはどこにも無いね。この向こう側、何かのスペースはある様なんだがねぇ」


 ズィオはまたも首を傾げる。

 アルバはこれ以上の探索を断念し、反対側の廊下へ向かうことにした。




 アルバとズィオの一連の行動を、ライラ達は監視カメラ越しに固唾を飲んで見つめている。

 動けば気付かれる状況のため、歩くことはおろか身動き一つできない。


「やばい、このままじゃ隠し階段が見つかっちゃうかもしれない」


 ライラは焦った様子でユーリの方を見る。


 ユーリはじっと監視カメラの映像を見ていたが、ふと何かを思い出したようにライラの方へ顔を向けた。


「私に考えがあります。ここから移動することさえできれば、隠し階段を使わずに脱出できるかもしれません」


 ライラの表情が一瞬明るくなるが、すぐに落胆の顔に変わる。


「それができればいいけど、どうやって移動するの?足音だけでもきっと気付かれるわ」


 ライラの問いに対して、ユーリはしばらく考え込んでいる。


 やがて何かを閃いたのか、ぱっとライラへ向き直る。


「あのおじいさん、どんな小さい音でも聞こえるんですか?」


「そうだけど」


 ライラは何を今さらといった顔で頷く。

 それに被せるように、ユーリは質問を続ける。


「それなら、大きな音ならもっとよく聞こえるんですよね?」


「多分、そうなんじゃない?」


 ライラは訳がわからないという顔をしている。

 一体ユーリは何を言っているのだろう。


「ではこうしましょう」


 そう言うと、ユーリは物音を立てないようにキーボードに触れた。

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