第五章 屋敷からの脱出

第14話 アルバの追跡

 カプランの地方支部で、一人の男がエージェントの報告を聞いている。


 男のコードネームはアルバ〈白〉。

 犯罪組織カプランの暗殺部隊のリーダーだ。


 年齢は30代前半に見えるが、それ以上の威厳が感じられる。

 手元の資料に向けられる灰色の瞳からは、感情らしい感情が読み取れない。


「報告は以上です」


 エージェントの言葉にアルバは何も答えず、資料を机に置いた。

 目ぼしい成果は何もなかった。アルバは窓の方へ目をやる。


(あれから1か月か、ここまで長期戦になるとは)


 アルバは1か月前の出来事を思い出す。


 その日、アルバはライラにあるミッションを与えた。


 暗殺の対象は5歳の男児。

 男児の父親はとある大物政治家で、海外の軍需企業との癒着が取りざたされている。

 

 国内の軍事機密をその海外企業に漏らし、この国の多くの人間の安全を脅かしている男だと、アルバはライラに説明した。


 実際のところは、カプラングループの軍事部門と競合関係にあるその海外企業にダメージを与えることが真の狙いだった。

 だが、その点はライラには伏せておくことにした。


 アルバから仕事の説明を受けたライラはこう言った。


「この仕事は私のポリシーに反する。私はこの仕事を拒否するわ」


「どういうつもりだ。お前に拒否する権利はない」


 冷たく言い放つアルバに、ライラは机を両手で強く叩き、身を乗り出しながら言い返す。


「殺されるべきはその子供の父親だけ。子供に罪はない」


 毅然とした態度でそう言い切るライラ。


 アルバは微動だにせず、冷徹な視線をライラに向けたまま、こう言った。


「この仕事を拒否するのなら、この瞬間から俺たちは敵同士だ。それでもいいのか」


「望むところよ」


 言うが早いか、ライラは開いていた窓から飛び出して街の中へ消えていった。


 一人残ったアルバは、表情を変えること無くスマートフォンを取り出し、部下に連絡を入れた。


「暗殺者の一人が命令を拒否し逃走した。コードネームはライラ〈夜〉。現在街の中を逃走中だ。発見次第、確保もしくは殺害しろ」


 そう言って、アルバは電話を切った。


 ライラは逃走して三日ほど、街の中に潜伏していたようだった。


 組織の追手と交戦しながら逃走するライラだったが、街の中心駅で忽然と姿を消してしまった。


 アルバが駅のモニタールームで監視カメラの録画を確認すると、貨物列車に忍び込むライラの姿が映っている。


 貨物列車の次の停車駅まで部下を先回りさせるが、到着した車両にライラはいない。


(この貨物列車が途中の駅で止まるはずはない)


 アルバは訝しく思いながら路線図を確認していたが、ふと、貨物列車の路線上に記されたある地点に目をやる。


 そこは線路と建物の隣接した住宅地だった。


(こういった場所であれば、列車はかなり減速するはずだ。その隙に飛び降りたのか)


 アルバはこの場所を重点的に調査するよう命じた。


(減速するとは言っても、恐らく時速20㎞は出ているだろう。そこから飛び降りるのは自殺行為にも思えるが、あいつなら・・・)


 アルバは人並外れた身体能力と決断力を持つライラの姿を頭に浮かべた。

 そして、彼の予想は的中することになる。


 海辺の住宅地の駅近くの防犯カメラに、ライラらしき少女が足を引きずりながら歩く姿が映っていたという報告があったのは、それから間もなくのことだった。


 また当地の聞き込みでも、ライラの背格好の少女の目撃証言を数人から得た。

 アルバは捜査をこの海辺の町に集中させる。

 

 規模の大きな町でもないから、徹底的に捜索すれは数日で見つかるだろう。そう見込んでいた。 

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