第12話 空と海と

 はじめて見る空や海は眩しいほど青かった。


 頬を撫でる潮風も、引いては寄せる波の音も、ディスプレイ越しには感じることができないものだった。


 ユーリの透き通るような白銀の髪も、太陽の光を反射してきらきらと光っている。


「ほら、こっち来なさいよ」


 ライラは靴を脱いで、波打ち際まで真っすぐ歩いて行く。


 ユーリがついて行くのを躊躇っていると、ライラが大きく手を振る。


「大丈夫だって。海に足浸けてみなさい、すっごく気持ちいいわよ」


 ライラに促されて、ユーリは恐る恐る海に向かって歩き出す。

 太陽の光を吸った砂の暖かさが、足の裏から伝わってくる。


 近くで見る海はガラスのように透き通っている。

 足元では名前もわからない小さな魚たちが、自由に泳ぎ回っている。


 ユーリは片方の足をそっと浸ける。


「冷たい・・・」


 春の海はひんやりとして、足に心地よい。

 ユーリはもう片方の足も海に浸した。


“ パシャッ ”


 ユーリの太ももに冷たい水が掛かる。

 何が起こったのかと隣を見ると、ライラが悪戯っぽい顔をこちらに向けている。

 

 片方の足が上がっている。ユーリに足で水を掛けたのだろう。


 ユーリは何も言わず、同じように足でライラに水を掛けた。


「やったわね」


 待ってましたと言わんばかりに、ライラはもう一度足で水を掛けた。

 

 それからひとしきり、二人で水を掛け合ったあと、ふいにユーリは水平線の方に目をやった。

 

 空も海もどこまでも広がり、目の前は青一色だった。


「空や海って、本当に青いんですね」


 ユーリはそっと呟く。


「そうね、あんたの瞳の色と同じじゃない」


 ライラはさらりと笑いながら言った。


「ちょっと休憩しましょ」


 ライラはそう言って、砂浜の方を指さした。

 浜辺には流木が打ち上げられていて、二人で腰掛けるにはちょうど良い大きさだった。


 二人はそこに腰掛けた。


「で、もう落ち着いた?体の震えは大丈夫なの?」


「はい、収まりました」


 そう答えると、ユーリはライラを伺うような眼で見る。


「聞かないんですか?さっきのこと」


「別に話したくないのなら聞かないわ。まあ、話したければ聞くけどね」


 ライラは海を見つめたまま答える。


 ユーリも海をじっと見つめ、おもむろに首にかけた懐中時計を手に取り、蓋をあける。


 時計の針は止まっていた。5月10日の20時25分を指している。


「では、この懐中時計にまつわる昔話を聞いてもらえますか?」

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