第四章 レプリカ
第11話 生まれて初めて
(気まずいわ・・・)
ライラは昼食のサンドイッチを手に掴んだまま、ダイニングテーブルの向かい側にいるユーリに、ちらちらと視線をやる。
ユーリはいつも通り黙々と食事を取っている。
今日はまだ挨拶くらいしか、会話を交わしていない。
昨日の事があって、さすがのライラも気軽に声を掛け辛かった。
結局、そのまま何の会話もなく食事の時間は終わり、ライラは一階に戻った。
「あぁ、気分転換がしたい」
ライラは壁に手をついて溜息をもらす。そこはちょうど窓があった場所だ。
「家の中にばかりいるから、こんな辛気臭い気持ちになるのかしら。外に出よう」
ライラは玄関のドアを開けて外に出た。
太陽の光が眩しい、今日は雲一つない快晴だ。
穏やかな波の音が耳に届く。
今日の海はきっと綺麗だろう。
そう思い、ライラは浜辺まで散歩に出掛けることにした。
「うわぁ、きれい」
ライラの目の前に広がる海は、太陽の光を受け眩しく輝いていた。
何度か屋敷を抜け出して、海を見に来ていたけれど、その日の海は今までで一番きれいだった。
うじうじ悩んでいたことがばからしくなるほど、ただただきれいだった。
(この海を独り占めするなんてもったいない。ユーリにも見せてあげよう)
ライラはそう思った。
昨日は気まずい会話をしてしまったけれど、そんなことは忘れてしまっていた。
ライラは跳ねるような足取りで屋敷に駆け戻り、ユーリに声を掛ける。
「海に行くわよ!」
突然のライラの言葉に戸惑うユーリ。
ライラはそんなユーリの腕を引っ張って、廊下まで連れて行った。
ユーリは訳もわからないまま、ライラに手を引かれ一階に続く階段を降りた。
「今日の海は最高にきれいだったの。昨日は辛気臭い話したけど、あの海を見たらそんなの吹き飛ぶわよ」
ライラは弾む声で言った。
あっという間に、二人は廊下を抜け、エントランスまでやってきた。
ところが、玄関ドアの前でユーリの動きがピタリと止まる。
不思議な顔でライラは振り返る。
「・・・できません」
ユーリは小さな声で呟く。
よく見れば、細い肩が小刻みに震えている。
「私は外に出ることができません」
絞り出すようにユーリはそう言った。
ライラは言っていることの意味がわからなかった。
「どうして?」
ライラはいつもとは様子が違うユーリを心配しつつ尋ねる。
「物心ついた頃から屋敷の外に出てはいけないと言われているんです。出ようとしたことはあります。でも、そうするとこうなるんです」
ドアの前に進み出て、そっとドアノブを掴むユーリ。
すると、身体の震えが一層強くなり、最後は息苦しそうにうずくまってしまった。
「ね?私はひとりでドアも開けられません。だから、一生ここから出られないんです」
ユーリは苦し気にそう言った。
ライラは隣で震えながらうずくまるユーリをじっと見つめる。
だが、何かを思い立ったようにキッと正面を見据え、ユーリを掴む手の力を強める。
そして、思い切りドアを開く。
目の前に強く明るい光があふれる。
ユーリは思わず目を細める。
「でも、あんたは今ひとりじゃない。あんたができないなら、私が代わりにドアを開ければいいのよ。簡単でしょ?」
そう言ってライラはにっと笑う。
ライラに手を引かれ、ユーリはそっとドアの外に踏み出す。
はじめて浴びる太陽の光は、眩しいだけでなく暖かかった。
土や草に匂いがあることも、ユーリは今日はじめて知った。
「ほら、海に行くわよ」
呆然と立ち尽くすユーリの手を引いて、ライラは一歩前に進む。
それに合わせるように、ユーリも、一歩、一歩と足を踏み出していく。
屋敷が少しずつ遠ざかっていく。
ふたりは手をつなぎ、海に向かって歩いて行く。
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