第10話 ユーリの正体
屋敷に逃げ込んでから1か月が過ぎた。
ライラもすっかりこの生活に慣れてしまった。
「今日の晩御飯なぁに?」
リビングルームのソファに寝ころびながら、ライラはユーリに尋ねる。
「今日はあなたのリクエストした肉料理ですよ」
机の上に料理が並べられる。
ゴロゴロと大きな牛肉が入ったビーフシチューだった。
ライラはその匂いに、待ちきれないといった様子でダイニングテーブルに飛んできた。
「あんたの料理おいしいのよね」
言うが早いか、ライラはスプーンを手にして、自分の前に置かれたビーフシチューを頬張り始めた。
「気に入ってもらえたなら、何よりです」
ユーリは満更でもない表情を浮かべてそう言うと、静かに自分の席に着いた。
そしてスプーンを手にしたとき、ライラが空になった皿を突き出してきた。
「おかわり!」
「・・・わかりました。ちょっと待っててください」
ユーリは皿を受け取り、待ちきれないという様子でこちらを見るライラの視線を受けながら、キッチンへ向かった。
結局、ライラは大鍋で作ったビーフシチューを全て平らげてしまった。
「あぁお腹いっぱい」
夕食を終え、ライラはダイニングテーブルで食後のお茶を飲みながらくつろいでいた。
テレビを見ながら両足をバタバタさせている。
「もう足の怪我も完全に治ったみたいですね」
ユーリは何気なく口を開いた。
「もう完全復活よ。たまに散歩も行ってるしね」
ライラは折れていた方の足をバシバシと叩きながらそう答えた。
ユーリはそんな様子のライラをじっと見ている。
「それでは、本題です」
少し改まった顔をしてユーリは口を開いた。
ライラもその言葉を聞いて、リラックスしていた表情が真顔になった。
「私の依頼を引き受けていただけるか、答えを聞かせてください」
二人の間にしばらくの沈黙が流れた。
それを破るように、ライラはきっぱりとした口調で答える。
「断る」
その言葉を聞いたユーリは不思議そうに首を傾げる。
「10億リランでは足りませんでしたか?金額を上乗せすることもできますが」
「金の問題じゃない」
ライラは毅然とした顔でユーリを見つめた。
「ここに来てからずっとあんたのこと見てて思った。あんたは変人だけど、悪人じゃない。だから、私はあんたを殺す気はない」
そう答えたライラに対して、今まで無表情だったユーリがおもむろに口を開いた。
「いいえ、私は悪人です」
ユーリはきっぱりとした口調で言った。
「今から私が悪人である証拠をお見せします」
そう言うと、ユーリは立ち上がりライラをPCルームへ案内した。
PCルームに着くと、ユーリはスリープモードのPCを起動した。
ユーリがキーボードをたたくと、部屋中のディスプレイいっぱいに映像が映し出された。
『マルス国軍新規採用戦闘機の性能並びに搭載可能武器について』
『シュトルム社新開発EV車両の仕様』
『地域連合議会内におけるビタロス協力者の名簿』・・・
「何これ、どういうこと」
ライラはディスプレイに映し出された映像がなんなのかわからず、ユーリを見つめる。
「私はハッカーです。ハンドルネームは〈レプリカ〉。これらは各国の政府や企業から盗み出した機密情報です。私はこうした情報を依頼主に提供し、報酬を受け取っています」
それでもライラは状況が呑み込めずに、ぽかんとした顔をしていた。
「最近では、とある大企業の内部情報をリークしました。この大企業は国家でも干渉不可能と言われる有名な悪徳企業です。今まで誰もその不正情報に手を出すことができませんでした。しかしリークの結果、一夜にして会社は倒産しました」
「だったら良いじゃない。あんたは悪い奴らを倒したんでしょ。悪人どころかヒーローじゃないの」
ライラが不思議そうな顔で問い掛ける。
「果たしてそうでしょうか。会社が倒産した結果、多くの人が失業に追い込まれました。その人たちの中には、家族がいる人もたくさんいたでしょう。私はその人たちから生活の術を奪いました。なかには自殺した人もいるかもしれません。私を殺したいほど憎んでいる人は、山のようにいるでしょう」
ユーリは後ろを振り返り、ライラを真っすぐに見つめて問いかける。
「それでも私は悪人ではありませんか」
ライラはユーリの問いかけに何も答えることはできなかった。
ただ黙って、ユーリを見つめるばかりだった。
「今日すぐに答えを出せとは言いません。もう一度よく考えてみてください」
ユーリはそれだけ言って、またPCの方へ身体を向けた。
ライラも何も言わず、1階の自分の部屋に戻った。
ベッドに寝転がり、先ほどのユーリの言葉を考える。
頭の中がぐるぐるする。
(たしかに、ユーリは悪人なのかもしれない)
ライラは天井を見つめながらぼんやりとそう考える。
(罪もない人から生活の術を奪ったのは間違いない。でももしそうなら、私のやってきたことはどうなのだろうか)
考えることに慣れていないライラは、段々と頭が痛くなってきた。
それでも、疑問は次から次へと溢れてくる。
(確かに、私は悪人だけを殺してきた。でもその悪人にも家族はいただろう。その家族は一家の大黒柱を失って、路頭に迷ったかもしれない。彼らを不幸にしたのは私だ)
ライラは枕を抱きしめていた腕に、一層力を込めた。
(だったら、私も悪人なんじゃないだろうか)
そんな考えがとめどなくライラの頭の中を巡る。
何度考えを巡らせても、答えは出てこない。
そうしているうちに、ライラはいつの間にか眠りに落ちていた。
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