第三章 悪人の定義
第8話 犯罪組織カプラン
「すいません、ちょっとお聞きしてもいいですか」
人当たりの良さそうな青年が、住宅地にある公園で談笑する主婦たちに物腰柔らかな口調で話しかける。
「妹を探してて。この間急に家を飛び出して行っちゃったんですよ。このあたりで見かけたって話は聞いたんですけど」
高校生なんですけどねと、青年は探しているという妹の写真を見せる。
「さぁ、私は見てないわね。ごめんなさい」
「ですよね、すいません。ありがとうございました」
笑顔を振りまきながら、青年は軽く頭を下げた。
(ここも外れか)
青年は心の中で舌打ちする。
青年の正体は、犯罪組織カプランのメンバーだった。
カプランは、ビタロス共和国の首都を拠点にするマフィア、カプランファミリーを母体とする犯罪組織である。
だがその規模は一マフィアの域を越え、表の社会にも確固たる地位を築く一大グループを形成していた。
マフィアとして、違法な取引や麻薬の流通、暗殺などの裏稼業を行う一方、表の顔は金融業に不動産開発、小売業からテクノロジー関連企業、果ては学校経営に至るまで幅広く事業を展開している。
政治家や官僚機構との密な癒着関係は言うに及ばず、大口スポンサーとしてTV局や新聞、ネット配信事業者への影響力も大きい。
この国の裏の支配者ともいえる巨大組織である。
そんな組織に所属する殺し屋が一人、数週間ほど前に組織を脱走し、行方をくらました。
組織はその殺し屋を探すべく、脱走直後より捜索を開始した。
その中で最後に目撃情報があったこの町を、組織は重点的に捜査していた。
しかし・・・
(随分捜査したが、全く情報が出てこない)
期待に反して、捜査の進行具合は捗々しくない。
それなりの時間をかけて、綿密に捜査を行ってきたはずなのだが、その後の足取りがぱたりと途絶えてしまった。
ここは海沿いの高級住宅街で、海岸付近は観光地化されている。
人の往来はそれなりにあるし、決して規模の大きな町でもない。
これだけの時間をかけていれば、見つかりそうなものだが。
(すでに他の町に移動したか、あるいは死んでいるか。そう考えるのが妥当ではないか)
もう撤収をすべきではないか。
そう思いながら、青年は何の気なしに海の方へ目をやった。
すると、岬の方に一軒の大きな屋敷が見えた。
町から少し離れた場所に寂しく建つその屋敷を、まだ捜査していないことに青年は気付いた。
「あそこのお屋敷、すごく大きいですね。なんか昔の映画に出てきそうな。あそこって、どんな人が住んでるんですか?」
まだその場で談笑していた主婦たちに、青年は明るい笑顔を崩さずそう尋ねた。
「あぁ、あの家・・・」
主婦たちは、どこか答えにくそうにしながら、互いに顔を見合わせた。
そのうち、一人が気まずそうにしながらも口を開いた。
「あのお宅、このあたりじゃ〈幽霊屋敷〉って呼ばれてるのよ」
主婦たちが語った話は、以下のとおりだ。
あの屋敷は昔、小さな高級ホテルだった。
ホテルが廃業した後は、裕福な女性が別荘として所有していた。
だが3年前に彼女は事故死してしまう。
その後、別の男性が屋敷を買い取り住み始めたのだが、妙なことにその男性を見た人物は今まで一人もいない。
その上、屋敷の中に出入りする者もまったく見たことが無い。
気になった人が屋敷を覗きに行ったこともあるが、窓枠こそ付いているもののイミテーションのため、中の様子は覗けなかった。
もしかしたら無人じゃないのかという噂も流れたが、岬へ続く一本道を宅配便のトラックが頻繁に走っているのを目撃するし、ギグワーカーが定期的にゴミの回収にも行っているみたいだから、どうやら人は住んでいるみたいだ。
そんな不気味な屋敷を近隣住民は〈幽霊屋敷〉と呼んで遠巻きにしているという。
「なんか怖いですね」
苦笑いを浮かべながら、青年は言った。
ねぇ、と主婦たちも互いの顔を見合わせる。
「気持ち悪いから、この辺の人はみんなあそこには寄り付かないようにしてるのよ。でもたまに、いたずらで近所の子供たちが探検に行こうとしたりするから、やめなさいって注意してるんだけど」
そう言って笑いあう主婦たちに改めて礼を言い、青年はその場を去った。
(幽霊屋敷か。探ってみる価値はあるかもしれない)
青年はそんなことを考え、岬に続く一本道に向かって歩き始めた。
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