第7話 縮まる距離

 ライラはPCルームにある予備のイスに腰掛けている。

 目の前ではユーリがPCで作業をしている。


(昨日のゲーム、結構楽しかったわね。案外、あいつ良い奴かも)


 ライラはゲームに誘ってくれた一件で、ユーリに少し興味を持ち始める。


(あいつのことよく知らないし、色々聞いてみようかな)


 ライラは、イスをユーリの隣に移動させて、覗き込むように話し掛けた。


「ねぇ、あんたいつもそうやってPCで作業してるけど、一体何してるの?」


「仕事です。自宅でフリーランスのプログラマーをしています。企業から依頼されたセキュリティソフトの開発や、セキュリティ向上のためのコンサルティング等を行っています」


 ライラの質問に対して、ユーリはディスプレイから目を離すことなく簡潔に答えた。


「毎日家の中にいるわね。外にはでないの?」


「その必要はありません。ネットがあればすべて事足ります。買い物はネットスーパーや通信販売を活用しています。ゴミの回収も三日に一度ギグワーカーに依頼しています。全てネット上のやり取りだけで完結させています」


 ユーリはやっぱり必要最低限の回答しかしなかった。


 会話の広がりがない。

 それでもライラはめげずに質問を続けた。


「二階にもキッチンとかお風呂があるんだ。変わった構造ね、この家」


「二階はエントランス以外、一階と全く同じ構造をしています。建物内で一階フロアと通じているのは、あなたが使っている隠し階段だけです。ただし、必要な設備は全てこの階に揃っているので、私が一階に降りることは基本的にありません」


「・・・」


 質問に対して淡々と切り返していくユーリ。

 最後までライラの方を向くことなく、黙々と作業をしている。


 会話というよりも、何かの音声案内を受けているようだとライラは思った。


 会話も自然に途切れ、気まずくなったライラは、ふと、机の上に置かれた写真に目をやる。


 写真には青年が映っている。

 年齢は20代前半くらい。

 顔はユーリに瓜二つと言っていいほどそっくりだった。


「へぇ、あんた兄弟いるんだ」


「いいえ、私に兄弟はいません」


 何気なく問い掛けたライラに、ユーリは間髪を入れずそう答えた。


「じゃあこの人、誰なのよ」


 写真に手を伸ばすライラ。

 写真をまじまじと眺める。


 顔立ちだけでなく、瞳や髪の色まで同じだ。

 これが兄弟でないのなら、一体誰なのだろう。


「それは本物のユーリです」


 ユーリはディスプレイの方を向いたまま、真顔で答える。


 は?とライラは訝し気な顔をする。


「ちょっと言ってる意味がわからないんだけど。ユーリはあんたの名前でしょ。この人が本物なら、あんたは一体何なのよ」


 ライラのその質問に対して、一瞬だけ間が空いた。

 それから、ユーリはライラの方へ身体を向け、口を開く。


「私はレプリカです」


 静かにそう答えた。


 ライラはそれに対してまだ何か質問しようとしたが、ユーリはディスプレイの方へ向き直り、黙って仕事に戻ってしまった。



 ライラの足の怪我も快方に向かってきた。

 もう松葉杖もいらない。


 そうすると無性に身体を動かしたくなってくる。


(リハビリも大事よね。ちょっと外に散歩に行っちゃお)


 ライラはこっそり玄関から屋敷の外へ抜け出した。


 太陽の光が眩しい。

 久しぶりに陽の光を浴びた気がする。


(町の方に行くのはまずいわよね)


 ライラは町とは反対の方へ歩み出した。


 少し行くと、浜辺の方へ降りていける階段があった。

 そこから下の方を覗いてみると、浜辺には人がいないようだ。


(ラッキー、誰もいない)


 ライラは足を気遣いながら階段を降りた。

 風に乗って潮の香が漂ってくる。


(海がきれい、ここは穴場かもしれない)


 誰もいない浜辺はとても静かで、波の音しか聞こえない。

 ライラはしばらく海を眺めていたが、満足して屋敷の方へ引き返す。




「怪我も治りきっていないのに外を歩き回ると悪化しますよ」


 屋敷に戻ってきたライラに対して、ユーリは開口一番そう言って窘める。

 珍しくきちんとライラの方を見ている。


「まあ、土産があるから許してよ」


 ライラは悪戯っぽい表情でそう言って、ユーリの前に重ねた両手を差し出した。

 そして、なんだろうと顔を近づけてきたユーリの前で掌を広げる。


 すると、目の前にカエルが飛び出してきた。


「ひゃあっ」


 ユーリは小さく悲鳴を上げ、尻もちをつく。

 そんなユーリを見てライラは大笑いする。


 ユーリは少しだけむっとした表情を見せる。


「ごめんごめん、ホントの土産はこっちよ」


 そう言って、ライラはしゃがんでユーリの手を取り、その掌の上にあるものを乗せた。

 白くてツヤツヤとした巻貝だ。


 ユーリはそれをまじまじと眺める。


「きれい・・・。貝殻ですね、本物は初めて見ました」


 ユーリは小さく呟いた。

 人形のような無表情が崩れ、心なしか柔らかく微笑んでいる。


(ああ、こんな顔もできるのか)


 そうライラは思った。


「あんた、笑った顔の方が良いわよ」


 ニッと笑ってそう言うと、ライラはユーリの手を引いて身体を起こしてやった。


 ほんの少しだけだが、二人の距離が縮まってきている。

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