第50話 山越討伐


 官舎に着いて直ぐに陸遜から山越討伐の内容を知らされた尚香はついて来る気満々であった。


 危険がないとは言えない。


 だが、危ない目に会う訳でもない。


 付いて来て欲しい訳ではないが、かと言って放っておく事も出来ない。


 放っておけば何をするか分からないからだ。


 その為、俺は妥協した。


 武装した侍女達と共に後方に置く事になった。


 なったんだが……



「それで潘臨だったか? 降伏を申し込んで来たのは」


「はい、万を越す山越の頭で既に話は付いているのでこれから向かうのですが……」


 陸遜が俺の隣を見ている。


 分かってる。何も言わないでくれ。


「山越って言っても、私達と何も変わらないのよね。公徳は会った事ある?」


 陸遜が俺を見ている。


 分かってるからそんな顔をしないでくれ!


「ねぇ。聞いてる?」


「あ、ああ。会うのは勿論。見た事もないな」


「そう。なら見ても分からないわね。あれは」


 フフフと笑みを浮かべる尚香。


 それを見て何か言いたそうな陸遜。


 分かってるから! 後でちゃんと下がらせるから!



 陸遜の案内で俺達は潘臨に会うことに。



 陸遜は郷里の呉郡で集めた私兵を連れてきていた。その数五百。


 そして俺と尚香は陸遜とその五百の兵を引き連れて潘臨の待つ場所に向う。


 潘臨の待つ集落までは五日ほど掛かったが、思ったよりも道が確りしていて驚いた。


 交州のあの酷い道のりを想像していただけに、拍子抜けしてしまった。


 また道中、尚香はすこぶる機嫌が良かった。


 尚香は以前も来た事が有るのだろう。


 土地の名前や、山の名前に川の場所等などを俺に笑顔で教えてくれた。


 彼女にとってこの道中は、狭い館(ドーム球場よりは広い)から開放されて外で思いっ切り羽根を伸ばせるのだろう。


 眩しいばかりの笑顔の彼女を見れて、俺も嬉しかった。


 陸遜の目が怖かったが…



 そして潘臨の待つ集落の手前までやって来た。





 しかし、潘臨は降伏する気も恭順する気も端からなかったらしい。



 潘臨は数千もの兵を連れて俺達を待ち構えていたのだ。


「陸遜。話違わない?」


「さてどうでしょう?」


 この状況に俺は顔をひきつらせていたが、陸遜は冷静そのものだ。


 まるでこんな事は初めから計算の内と言う感じだ。


「フフ。良いわね。こういうのを期待してたのよ!」


 尚香。何で俺の隣に居るの?


 さっき侍女達に連れられて、もとい、連行されたよね?


 あ、侍女が必死で頭を下げている。


 陸遜さん。言いたい事は分かるけど、多分無理です。



 そうして俺達が戸惑っている(主に俺達、と言うか俺だけ)と潘臨らしき人物が一騎で俺達の下にやって来る。


 潘臨の後ろに居る兵達は今か今かと待っているのが、遠目でもよく分かる。


 だって旗がゆらゆらとこちら側に揺れているからだ。



「孫家の犬よ! よく来たな!」



 潘臨の大きな声がこの場に木霊する。


 俺には何を言っているのか分からないが尚香と陸遜は分かっているようだ。


 尚香の笑みが獰猛なそれに変わったし、陸遜は涼しげに微笑んでいるからだ。


「えっと、不味いのでは? 何か言ったほうが良いのでは?」


「ここまであからさまでは、こちらが何を言っても聞きますまい」


 何でそんなに落ち着いていられるんだよこの男!


「なら私が!」


「い、いや俺が行く!陸遜、付いて来てくれ。いや、付いて来い!」


 危ねえ。尚香の奴。何考えてんだ。


「何か考えがお有りで?」


「せめて少しでも時間を稼いで、尚香だけでも逃したい。いけないか?」


 あんな大勢を相手にするなんて出来ない。


 なら逃げ出す為に何か行動をするべきなんだ。


 何だけど、何で俺がしなきゃいけないんだ!


 そう思って俺を陸遜を見る。


「では、貴方のお手並みを拝見したく。我が孫呉を戦に駆り出した弁舌を見て見たく有りますな」


 こ、こいつ!!


 ま、まさか。


 俺がカンニングした事に気付いてるのか?


 そんな馬鹿な!


 不敵な笑みを見せる陸遜に俺は引き攣った笑みを浮かべるので精一杯だった。


「陸遜。相手の言葉は分かるだろう。俺の言葉を相手に伝えてくれ」


「承知、しました」


 受け答えが一々癇に障る。


 だが、そんな事に気を向けるな。


 落ち着け。俺なら出来る!


 あの曹操と曹操軍の万を超す軍勢を相手した事を思い出せ!


 あの時の気迫を、今、此処で!


「山越の大将とお見受けする。我らは孫家の使者である。貴殿らの話を聞こう。何か要求が有るのなら便宜も図ろう。だがその前に鉾を収めて欲しい。これでは我らを襲うのでは無いのかと疑念を懐きかねん」


 ふぅ~我ながらいい弁舌だと思う。


 さて、どうかな?


「愚か者か貴様は!話等する必要もない。便宜?何だそれは!くれると言うならまず貴様の首を貰い受けるわー!」(陸遜訳)


 全然話にならんじゃんよ。


「あ、え~と。投降はしないのか?」


 もう無理だと分かっているけど一応聞いてみた。


「俺らが何でお前らに投降する。お前らは俺達の土地に勝手に入ってきて俺らを追い出しやがった。そんなお前らをなぜ信用出来る。だから俺はお前らに復讐する。俺らがお前らに追い出されたように俺もお前らを追い出すのだ。我らの怒りを思い知れい!」(陸遜訳)


「ま、待て潘臨。落ち着いてくれ。まだ話を」


「うるせい! 行くぞ野郎どもー!!」


「「「おおうー」」」



 まだ話をしようよ~



 潘臨が手に持った斧を高々と掲げると、潘臨の後ろに居た兵達が雄叫びを上げてこちらに向かってきた。


「く、後退。後退だ!」


 「本当に後退するので?」


 陸遜が真剣な顔で俺を見た。



 しょうがないだろうがこれはよ~


「ここまで、ですか」


 酷くガッカリした感じの声を出した陸遜。



 こ、こいつ〜



 俺は槍を持って前に出る。



「おい。俺の言葉を一字一句間違えずに伝えろ。良いな!」


 あったま来た!


 殺ってやるよ!


「喜んで」


「山越の頭領潘臨に告げる。我が名は劉封。少数を大軍で襲うのが山越の流儀か? そうでないなら俺と一騎討ちをしろ。それとも大軍でないと俺達に勝てないか? どうだ潘臨!」


 陸遜が驚いた顔をしている。


 まあ、そうだろうな。


 さっきは逃げ出そうとしたのに、今度は一騎打ちを挑もうするんだからな。


 本来なら俺と尚香は真っ先に逃げ出さないと行けないが、あの大軍では逃してはくれないだろう。それに追い付かれると全滅の可能性すらある。


 まあ、馬に乗っている奴らは逃げられるとは思うけど、でもそれだと軍隊として機能しない数になってしまう。


 それなら少しでも時間を稼いで逃げられるようにしないと行けない。



 それとどうみても敵将潘臨はそんなに強そうには見えないんだ。


 これまで化け物連中(関羽、張飛達)を見て来た俺からすれば、奴は恐れるほどの人物じゃない。


 比べる連中が凄すぎるとは思うけどね。



 それに潘臨の兵をよく見ればボロボロの衣服に手に持っているのは棒切れだ。


 それにヒョロヒョロとしていてお世辞にも兵とは言えない。


 あれは難民や流民の類いだ。


 数の暴力で来られると殺られる可能性が高いが、ちゃんと対処すれば何とかなる。


 潘臨を挑発して注意を俺の方に向けて、陸遜には兵の指揮をしてもらう。


 もし潘臨がこの挑発を受けないならしょうがない。


 後ろに向かって真っ直ぐ走るだけだ。



 これがベストだ!



「誰だ。貴様はー! 生意気な野郎だ。あいつから殺れいー!」


 あっ、これは分かった。



 ヤバい、ヤバい、ヤバい。これは真っ直ぐ後ろに前進だー!


「プッ、アハハ、ハハハ」


 陸遜の野郎。何がそんなに可笑しい!


「何を笑ってんだ!」


「アハハハ、劉封殿は大物だ。アハハハ」


 何を言ってんだこいつ?



 俺と陸遜は仲良く逃げ出した。


 しかし、逃げ出した俺達を相手が追ってこない。


 今俺達を襲えば必ず勝てるのになぜ追ってこない?


「何で追ってこない?」


「フハハ。は~大丈夫。何も問題有りません」


 は?


 陸遜の言葉に疑問を感じたが、その疑問は直ぐに解決した。


 大きな銅鑼の音と法螺貝に似た音が辺り一帯に聞こえてきたのだ。


 そしてその音が聞こえて来た方向を見て見れば、そこには孫の旗と賀と書かれた旗を掲げる兵達の姿が見えた。


「は?孫は分かるが、賀ってなんだ?」


「賀の旗。新都郡太守 賀斉がせい殿です」


「賀斉?」


 賀斉って誰だ?


 孫呉の人物はそんなに覚えてないんだよな。


 それに新都郡って何処だよ?


 この辺の地理もよく分からないんだよ。



 俺が賀斉の軍に気付いたように、潘臨も賀斉の軍に気付いてそれに襲い掛かっていく。


 しかし、賀斉軍は潘臨の軍よりも数が多く、また武装が整っているように見える。


 賀斉軍は潘臨達とぶつかるとそれを難なく粉砕した。


 戦いらしい戦いにならなかったのだ。



 あまりの急展開に頭が追い付かない。



 しばらくすると潘臨達山越族を追い払った賀斉が俺達の前に現れた。



 は、派手! 何あの格好!?



 賀斉の兜には雉の羽飾りが幾つも飾られ、鎧には虎の頭と皮を被せてあった。


 それに賀斉の兵達も兜には羽飾りをして武器や鎧も賀斉と同じ色に染められて統一されている。


 色付きと言えば曹操軍を思い出すが、賀斉のそれはそんな感じはしなかった。


 賀斉の自己主張の激しさを感じる物だ。



「どうやら無事だったようだな。陸遜。危ないところであったな。ところで隣の御仁は誰だ。私に紹介して貰えないか?」


 賀斉は満面の笑みを見せて俺を見ている。


「いえ、刻限通りです。お見事な手並みでした。それでこちらは……」


 陸遜が俺に代わって賀斉に事情を説明してくれた。


「おお、貴方が劉封殿か。お噂は聞いております。そうですか貴方が。ははは」


 派手な格好に声がバカでかい。なんだこの人?


「賀斉将軍。なぜ貴方がここに居るのです。新都郡に居る筈の貴方が軍を率いてここまでやって来るとは?」


 最もな疑問なので声に出していた。


 新都郡は会稽郡の左隣に有る郡だ。


 そう教えてくれたのは陸遜だ。


 隣の郡太守がここに兵を率いてくるのはおかしい!


「全て、顧雍殿とそこの陸遜の指示通りでしてな。ハハハ」


 指示、通り?


「潘臨は捕えましたか?」


「うむ、抜かりない。しかしお主が兵を率いても良かったのではないのか?」


「私は私で指示を受けて下りましたので、御足労とは思いますが、山陰まで護衛をお願いしても?」


「ああ、他の山越が出てくるかも知れんしな。良かろう。承った」


 陸遜と賀斉の二人で話が進んでいく。


 俺は何が何だか分からず混乱していた。


 指示通り?


 誰が何を何で?


 訳が分からない。


 分からないが俺は陸遜に言われるまま行動するしかなかった。



 そして俺達は賀斉と一緒に山陰に向かう事になった。


 道中、賀斉が言っていたように、潘臨を取り返す為なのか、それとも只襲い掛かってきただけなのか。山越族が襲って来たが賀斉は山越との戦いに慣れていたようで、それほど苦戦する事もなく戦いは簡単に終わった。


 圧勝である。


 その際、山越族の多くは捕らえて孫呉の影響化にある土地に強制移住させる為に連行した。


 こうして山越討伐の目的はほぼ達成されたので任務事態は成功と言って良いだろう。


 当初の思惑とは違ったが山越族の多くを捕らえる事が出来たのだから、それで良しとしよう。



 良しと、するべきなのか?



 

「ふ~ん。策兄には敵わないけど、仲謀兄貴よりは勇が有るわね。それに度胸も有る。ふふ、良いわね。面白い!」







『後書』


 賀斉は山越討伐のスペシャリスト。


 彼の功績のほとんどが山越討伐です。


 最終的には候の位を送られ後将軍にまでなってます。


 ですが表舞台には出てきてないので演義にも出てこない不遇キャラ。


 この人結構濃いキャラしてるのに勿体ないですね。

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逆襲の劉封 孔明に殺されてたまるか! 巻神様の下僕 @makgami

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