第49話 陸遜 伯言
顧雍の出迎えを受けて官舎に向かうと、居るはずのない人物が待っていた。
「お待ちして降りました。劉封殿」
そう言って俺と尚香を出迎えたのは陸遜だった。
そんな馬鹿な!
なんせ彼は郷里の呉郡で
何で陸遜の職を知っているかって、それは婚姻の時に陸遜が挨拶に来て、聞いてもいないのに教えてくれたからだ。
「我が主の命にて劉封殿の補佐をせよとの事です。若輩の身に務まるかどうか分かりませんが宜しくお願い致します」
陸遜は供手して頭を下げた。
陸遜
関羽を
この男が居なければと思っている蜀ファンは多い筈だ。俺もその中の一人だけどね!
でも彼の晩年は不遇だ。
陸遜はその華麗な功績とその後の不憫な死を迎えた事を思えば、それほど憎い相手とは思えない。
それに今の陸遜は決して恵まれてはいない。
ちょっと前まで陸家を率いていたのは
その陸康は
この時から陸家は苦難の道を歩んでいる。
陸康の嫡子陸積はこの時幼く陸遜と共に呉郡に避難していて難を逃れた。
陸遜は幼い陸積の後見人として陸家を切り盛りしていたのだ。
それなりに平穏に過ごしていた陸家だが、そんな平穏を破ったのが孫策だ。
孫策は揚州を治める為に呉の名家に使者を出し、賓客として遇するという方針を打ち出した。
その孫策の招きを陸家は拒めなかった。
陸家は当主であるが年若い陸績が出仕する事となった。
賓客として遇するなんてのは建前なんだよ。
これは孫策の『お前ここら辺の顔役なんだろ。この辺りの土地は俺が治める事に成ったから、ちょっと顔を出せや』と言う脅しなのだ。
それにしても陸積は父の仇に仕えていたのか。
これも乱世に生きる人の処世術なんだな。
でも彼らには孫家に仕えるしか生き残る術が無かったし、選択肢も無かったのだからしょうがない。
だが、その後がね~
陸遜か~
いけ好かない奴だな。
なんかスカしてる感じがして嫌だな〜
どうにも俺は陸遜が苦手のようだ。
「陸遜まで来るなんて。仰々しいわね!」
尚香も陸遜は苦手らしい。
「これは手厳しい。ですが貴方や劉封殿は大事な御身です。我らが出張るのはしょうがないのですよ」
「ふ~ん、そう。なら勝手にすれば」
そう云うと尚香はさっさと官舎の中に入って行った。
おい!俺を置いて行くなよ!
「案外仲が宜しいようで。あの姫様が相手なのに、どのようにして仲を深められたのか。気になりますな?」
どこをどう見たらそう見えるんだよ!
お前にはそんなふうに見えるのか?
「何もしてない」
「は?何も! えっ!? そうなのですか?」
俺は無言で頷いた。そして陸遜は俺を可哀想な目で見る。
くそ、そんな目でみるな!
「ねぇ陸遜。英は元気?」
うお!びっくりした!
官舎に入って行ったと思った尚香が俺達の目の前に居た。
「はい姫様。英ならば元気にしております。ですがここには居りませんよ」
「そう。まぁ元気なら良いわ。じゃ」
そう云うと尚香は去っていった。
なんて自由な!
「あの、陸遜、さん。その、英という方は奥さんですか?」
失礼に成るかなと思ったが尚香が知っている人物のようなので、話題のネタになるかと思って聞いてみた。
「ええ、私の妻です」
ああ、やっぱり。
「宜しければ私がお教えしましょうか?」
「え、わ!」
いきなり顧雍が話し掛けてきたのでびっくりした。
本当にこの人影が薄い。
顧雍の話で陸遜の嫁さんが誰でどのような人物で、尚香との関係が何なのか教えてもらった。
陸遜の嫁は史実では孫策の娘だ。
孫権は陸遜が山越討伐で功績を上げた事で、孫策の娘を彼に嫁がせている。
残念ながら彼女の名前は分からないが、沢山の子供を残している事から夫婦仲は良かったようだ。
しかし分からないもんだ。
孫策は陸家直系の陸康を殺している。
当時の陸遜はその陸康に仕えていた。
つまり陸遜にとって孫策は仇に等しい。
とかく孝とか仁とかにうるさい時代なのに、仇の娘を嫁にするのは陸遜にとって苦痛ではなかったのだろうか?
それにしても孫権も酷な事をするよな。
いくら呉郡で有名な陸家の人間と繋がりを作る為とは言え、よりにもよって仇の娘を嫁に出す事はないだろうに?
まあ、でもあれだよな。夫婦仲が良かった事は救いだよな。
それに陸遜も孫呉の為に尽くしたしな。
その過程で関羽と俺は死ぬし、間接的に張飛も死んで、最後は劉備に止め刺したけどさ。
この結果だけ見るとやっぱり陸遜は蜀に取って疫病神だな。
ああ、もうそれはいいか。
そして顧雍の話でなんで彼が孫策の娘と結婚するのか分かったか
陸遜は孫策が生きている間は孫家に仕えなかったが、孫策が亡くなるとしぶしぶ孫家に仕えたそうだ。
そして陸遜はその時、孫家に仕える条件を出したそうだ。
陸家は呉で有名な名家だ。そんな名家の人間が孫家という成り上がりに仕えるのに条件を出しても不思議じゃない。
だって陸遜は孫家に仕えなくも普通に暮らせるからだ。それに仇の家だしね。
そしてその条件だが、陸遜か、
この時、陸績は既に孫家に仕えていたがその待遇は決して良くはなかった。
だから陸遜は陸家の待遇を上げる為にそんな無理難題を吹っ掛けたのだ。
陸遜はこんな条件を孫権が飲む筈がないと思っていたが、孫権はそれを快諾。
そして孫権は陸績と陸遜がそれなりの功績を上げたならその望みを叶えると約束したのだ。
そして、孫権が陸遜に引き合わせた相手が孫策の娘『
陸遜が孫英と出会ったのは今から七年前。
陸遜が孫家に仕えた時に引き合わされている。
その場には尚香も居たそうだ。
陸遜はその後何度か孫英と合って親睦を深めたそうだ。
最初は結婚する気も無かった陸遜だが、孫英と会う度に彼女が気に入り意識するようになったそうだ。
そして、赤壁の戦いが終わって直ぐに結婚した。
尚香にとって孫英は姪だ。
しかも、大好きな孫策の娘だ!
そういう関係から孫英の事が気になっていたらしい。
つまり陸遜は孫家にとって重要な人物だと言う事だ。
しかし今は最前線ではなく、内地で政務に専念している。
そこに俺がやって来たという事か。
これが俺と陸遜の因縁の始まりだった。
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