第41話 救い2
「アメリア?」
アメリアの言葉の意図がわからず、私は訝しげに呼びかける。
「……カミュスヤーナ」
アメリアがその瞳に涙をにじませた。表情が一気に先ほどの笑みから、こちらを心配するようなものに変わる。
「アメリア……何を」
「ごめんなさい。力になれなくて」
静かに泣いている様子のアメリアに、私はどうしたらいいかわからなかった。
先ほどまでの彼女とはまるで別人だ。その纏っている空気が違うように感じる。
「辛い目に合わせたくなくて。助けると言ったのに」
「……テラ?」
今、動けない私の上で泣いているのは、彼女だと思った。
先ほどあれほど会いたいと思っていた彼女。
泣きながらつぶやく言葉は、私の心に突き刺さる。
目の前の彼女は、私の呼びかけに軽く目を伏せて、肯定の意を示した。
「なぜ、ここに来た?」
「貴方を助けたかったからです。アメリアに協力を依頼しました。ここに来る手段がなかったから。アメリアに一時的に私の中に入ってもらい、色を変え、アメリアに扮してこちらに来ました」
「敵地に乗り込むようなものなのに」
「そのようなこと分かっています。貴方も一人で、ここに来てしまったではないですか」
テラスティーネの責めるような口調に、私は目が逸らせるなら逸らしたかった。
「奴の目的は私だ。私がここに来れば、君には危険が及ばない」
「……私は貴方を危険な目にあわせて、ぬくぬくと守られているのは嫌なのです」
今はそんなことを言っている場合じゃない。
エンダーンにとって、テラスティーネは、私を痛めつける道具でしかない。
私は命を取られるわけではないが、彼女はどんな目にあわされるか、わからないのだ。
私はテラスティーネを諭すように呼び掛けた。
「テラスティーネ」
「私を!」
テラスティーネは、涙をたたえた瞳のまま、私のことを見据えた。
その赤い瞳の美しさに息を呑む。
「私を大切に思うなら、置いていかないでください!もう、離れるのは……嫌なのです」
「……」
自分の顔に温かい雫が落ちる。
自分が泣かせているのに、彼女の泣き顔を美しいと思ってしまった。見惚れてしまった。
そして、私はやはり彼女のことが好きだと思ってしまった。
「テラ。私は今、身体が全く動かない」
私の呼び掛けに、彼女は目を見開いた。
きっと何を言い出したのだと思っているのだろう。
「君の涙をぬぐってあげたいし、抱きしめて慰めたい。だから……」
「……」
「君の魔力を私に分けてはくれないか?」
「魔力を?」
「身体が動かないのは、傷つけられた精神を回復するのに、魔力を大量に消費しているからだ。魔力を短時間で私が奪うのにどうすればいいかは、……以前、君に教えたはずだ」
私の言葉に、テラスティーネは瞼を閉じ、自分の耳の下あたりに人差し指を当て、首を傾げて考え込んだ。
どうやら彼女の涙は止まったらしい。少しは気を紛らわせることができたことに安堵しながら、彼女の答えを待つ。
しばらくして、彼女は瞼を開いた。頬が赤くなり、口がはくはくと動き始める。
「思い出したか?」
「……はい。でも、私からですか?」
「私は身体が動かないと言っただろう?」
テラスティーネは私の言葉に覚悟を決めたように、自分の上半身を私の方に屈めた。そして唇を私のものと合わせた。
合わせた唇から魔力を取り込む。自分の身体が火照るのを感じる。
魔力と共に、自分の中から力のようなものが湧くのを感じる。精神的に傷つけられた部分が補われていくかのような。
彼女の様子を見ると、また目に涙がにじんでいた。私は唇で目尻に浮き上がった彼女の涙を吸い取った。
「気分が悪いか?」
「……慣れない感覚なだけで、大丈夫です」
彼女は笑おうとしてみせるが、以前魔力を奪われた経験から、それが強がりであることは分かっている。
「少しの間辛抱してほしい」
私の言葉に彼女はぎこちなく微笑んでみせた。
それを見て、私は、再度彼女と唇を合わせ、魔力を奪う。
ようやく、動くようになった鈍い腕を上げ、口づけている彼女を抱き込んだ。髪をゆっくりとすいてみる。彼女は気持ちよさそうに瞼を伏せた。
唇が離れた隙をついて、言葉を紡いだ。
「私はエンダーンを討伐して、君と共に帰る」
「カミュス……」
「だから、力を貸してくれ。テラ」
私を見てコクリと頷く彼女の唇に、私は再度自分のものを近づけた。
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