第40話 救い1

 もうここにきてから何日たったのか。


 私は自室だと与えられた部屋の寝台の上に横たわって、宙を見つめていた。

 部屋の設備は館の物とそれほど変わりない。そして窓はない。

 扉は鍵がかけられており、鍵を開けたとしても、外には護衛がいる。

 また、この部屋には結界が張られている。侵入検知と防音と魔術無効の結界。

 自分が自身の工房にかけたものよりも強固だった。敵ながら流石というべきか。

 残念ながら、私はこの部屋から逃げ出すことができない。


 そして、連日の魔王からの虐げにより、身体を動かすことが億劫なほどに傷つけられている。

 正確に言えば身体はどこも傷ついていない。傷ついているのは精神だ。

 連日行われる虐げに、精神を回復しようと、大量の魔力を消費している。おかげで、身体を動かすのがつらくなった。

 魔力の回復も正直、追いついていない。最後にテラスティーネに会った時に、彼女から魔力を奪っておいたのに、その分も消費してしまった。


 奴は私と魔力の色が似通っているために、状態異常の術をかけても効かない。そのことが分かっているためか、いろいろな症状を作り出す薬を私に盛る。

 毒薬しかり、痺れ薬しかり、一部石化するとか。まるで人体実験かと思うほどに。それも致死量には満たないよう加減してくる。

 魔人が薬の作成にたけているとは思っていなかった。もしくはどこかで買ってストックしているのかもしれないが、その出どころは気になる。


 話はそれたが、一番不快なのは媚薬だ。薬で引き起こされる衝動を無理やり抑え込むのに、他のものに比べても魔力を消耗する。奴が身体に触れると、薬のせいで身体が反応してしまう。屈辱的だ。

 奴はその反応をいつも楽しそうに眺めている。それも、テラスティーネにそっくりのアメリアがその様子を見ている。アメリアはそのようなことに慣れているのか、口に手を当てていても、目を背けることはない。

 私はその状況を思い返し、大きく息を吐いた。


 テラスティーネは……泣いているかもしれない。あのような形で別れる方法をとるしかなかった。早めに魔王を倒し、彼女の元に帰りたい。

 まぁ、魔人と知られてしまった今となっては、彼女の元にあれるか分からないのだが。

 なんとか、魔王の注意を私にひきつけ、彼女に手が伸びないように行動しているが、思った以上に精神的苦痛が大きい。魔王の隙をつく前に、私がもつだろうか?

 だが私が何とかしなくては、彼女に手が及んでしまうのだ。

 どうすればいい。


 その時、ノック音が響いて、プラチナブロンドの髪をなびかせた少女が部屋に入ってきた。

「アメリア……ここに来るのは珍しいな。すまないが、身体が動かせないので、このままの体勢でいいか?」

「かまいません。用事を済ませたら、帰りますから」

 寝台に横たわったまま発した私の言葉に、アメリアが返答を返す。

「用事とは?」

 私の問いかけには答えず、彼女は寝台に横たわった私の身体の上に、乗りあげた。


「アメリア?何をするつもりだ?」

 腕も動かせないので、彼女の身体を押しのけることもできない。このまま心臓に刃物を突き立てられたら、私は死ねるだろう。

「重いですか?」

 下腹あたりにぺたんと腰を下ろし、表情も変えずにアメリアが問いかける。

「重くはないが。。何をするつもりかと聞いている」

「今日、媚薬は施されていませんよね?私にはお呼びはかかりませんでしたので」


 先ほどから彼女は私の質問には答えず、こちらに質問してきてばかりだ。何の目的があって、私の上に乗っているのかまるで分からない。

 私の反応を楽しみにしているのかもしれないが、それなら今の状況の私ではアメリアを満たすことはできないだろう。身体を動かすことができないのだから。

「今日は痺れ薬だった。もう効果は切れているが」

「そうですか。それは良かったです」

 彼女はそう言って口の端を上げると、私の頬、唇の横辺りに口づけてきた。


「アメリア!」

「全く抵抗されないのですね。つまらないです」

 彼女は私の頬から唇を離すと、そう言って小首を傾げる。手は私の首筋から鎖骨にかけてをなぞっている。

「もう、おしまいですか?このままだと、私はエンダーン様の寵愛を得られずに終わってしまいますが。実際、このところエンダーン様は貴方と遊んでばかり。私は全くお呼びがかかりません」

「……」

 実際、彼女の言う通りだったので、私は何も反論できなかった。


 黙ったままの私を見て、アメリアは大きく口の端を上げた。

 思わず見とれてしまうような美しい笑みだった。

 アメリアは私の頬に手を当てた。その柔らかさに、以前、涙を拭われた時のテラスティーネを思い起こされた。無性にテラスティーネに会いたくなる。


「なので、彼女に協力することにしました」

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