第36話 失態
間違えてしまった。
カミュスヤーナが自分の生まれを、これほど気にしていたとは思っていなかった。
テラスティーネが不用意に発した言葉は、彼の心を傷つけてしまった。
彼女を見つめるカミュスヤーナの怯えるようなまなざしが忘れられない。
あの後、2人ともまた寝台で眠ってしまって、気づいた時にはカミュスヤーナの姿はなかった。
カミュスヤーナを追って、工房の外に出たかったが、魔王はテラスティーネが自分の身体を取り戻したことを知らないのだ。工房に張られた結界の外に出てしまうことができなかった。
その上、身体がとても重く感じられた。身体をめぐる魔力の動きが弱い。
カミュスヤーナは、テラスティーネが寝ている間に魔力を奪っていったのかもしれない。
カミュスヤーナに話した通り、天仕は『与うるもの』。それと対するように魔人は『奪うもの』。
魔人は他者の持つ能力、魔力、血などを奪うことができる存在。カミュスヤーナは魔王の弟であるだけあって、魔力量が絶大だ。だから、魔王は、命の根幹に近い魔力、身体も奪うことが可能なのだろう。
カミュスヤーナがテラスティーネの魔力を奪ったのは、彼女の動きを封じるためか、それとも魔王と対峙するためか。
主の身支度をしに工房を訪れたアンダンテに、テラスティーネは現在の状況を尋ねた。
カミュスヤーナは、テラスティーネがいなくなる前と同じ姿―つまり黒い髪と青い瞳を持った状態で執務をしているということ。そして、テラスティーネは、魔王の干渉の危険が取り払われるまで、工房に軟禁状態に置かれること、を知った。
このままでは、カミュスヤーナは、一人で魔王に対峙する。テラスティーネはここで守られたまま何もできない。
より詳しい状況を把握するため、テラスティーネは、アンダンテにフォルネスを工房によこしてもらうようお願いをした。
「テラスティーネ様。カミュスヤーナ様と何があったのですか?」
フォルネスが呆れたように、テラスティーネの方を見つめる。
「ごめんなさい。私が話の運び方を間違えてしまったの。カミュスヤーナ様はどのような様子かしら?」
テラスティーネの問いかけに、フォルネスは大きく息を吐いた。
「工房から呼び出しがあって、外に出てこられた時には、髪の色も瞳の色も魔王に奪われた後の状態でした。カミュスヤーナ様に伺ったところ、魔王に自分の色を取り戻したことが分からないように変えられているとのことでした。それから、しばらくは私が請け負っている摂政役の仕事を一部引き受けられていました。テラスティーネ様が戻ったことは、魔王に気づかれては困るので、工房でしばらく過ごされると」
アンダンテが言った内容との齟齬はない。今はまだカミュスヤーナがここに留まっている。テラスティーネは自分を落ち着かせるよう胸に手を当てる。
「ただ……」
フォルネスは言葉を濁した。テラスティーネは話の続きを促す。
「先日、長期間館を留守にすると申されました。本日はカミュスヤーナ様の姿をお見かけしていません」
「それでは……」
「ええ、魔王のところに行ったのではないかと」
テラスティーネは血の気が引くのを感じた。
「テラスティーネ様に関しましては、近日中に魔王と話を付けるので、それまでは工房の中で過ごすよう指示を受けています。私はテラスティーネ様と一緒に事に当たった方がいい旨進言したのですが、聞き入れていただけませんでした」
フォルネスはテラスティーネに向かって頭を下げる。
「テラスティーネ様。どうかカミュスヤーナ様をお助け下さい。女性にお願いする内容でないことはわかっていますが、魔力の多くない私ではお力になることができないのです」
「フォルネス様……」
「主を助けられるのは貴方様しかおりません」
「……私はカミュスヤーナ様をお助けすると誓っております」
必ず助けます、とテラスティーネはフォルネスに向かって宣言した。
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