第37話 要請
机の上に肘をつき、組み合わせた手の甲に顎を当て、黒髪の青年は何かを考え込んでいる。
その目の前に、プラチナブロンドの髪、赤い瞳の少女が現れる。
毎回のことながら、唐突な登場だった。
それでも以前より心が揺れなくなったのは、そう遠くないところに、愛しい存在がいることが分かっているからかもしれなかった。
カミュスヤーナは、軽く息をついて少女の名を呼ぶ。
「アメリアか」
「まぁ。名前を憶えていただき光栄ですわ」
アメリアは艶やかに笑みを浮かべる。
アメリアの仕草は、魔王が直々に教えたものだろうか。自分の魅力を理解し、それを引き立てるものとなっていた。
カミュスヤーナは同じ容姿の彼女と比べてしまうので、なびくことは決してないが。
少なくとも、魔王の目を欺くことはできたらしい。
カミュスヤーナは内心ほくそ笑んだが、平静を装って、アメリアへ問いかける。
「何用か?」
「エンダーン様からのお言葉を言付けに参りました。このところ貴方様はあの工房とかいう部屋に、こもってしまっていて、すっかり遅くなってしまいましたが」
「それで、奴の言葉というのは?」
アメリアの後半の言葉を受け流して、カミュスヤーナは口を開いた。
アメリアは面白くなさそうに頬を膨らませた。その後、思い返したように自分の胸に手を当てる。
「この身体の初花を散らされたくなければ、エンダーン様の元においでになるようにとのことです」
アメリアの言葉に、カミュスヤーナは動きを止めた後、深々と息を吐く。
「まったく、厄介なことしか考えないな。彼奴は」
「エンダーン様は、貴方様を殊の外好んでいらっしゃいますから」
「こんなもの、好意とは呼べぬ」
カミュスヤーナは頭を振って、深く息を吐く。
アメリアは、そんな様子のカミュスヤーナを見て、微笑んだ。
「ちなみに、カミュスヤーナ様は、この身体の初花は散らしていらっしゃいませんよね?」
念のための確認ですが、と言葉を続けるアメリアに、カミュスヤーナは顔を赤くして口元を覆った。
「それをそなたが聞くのか」
「人間は成人までは外聞に差し障るので、初花を散らす行為はしないと。それは正しかったでしょうか?この身体はまだ成人前のはずなので、十分、交渉材料になると判断いたしました」
「……」
「本当は直に確認できればいいのですが、この身体の指はそれほど長くはないので、確認ができないのです」
自分の指をしげしげと眺めながら、アメリアが答える。
「エンダーン様も確認はして下さらなかったので」
「当たり前だ!そんなことをしていたら、奴を屠ってくれる」
そう言うカミュスヤーナは、珍しく分かりやすく怒っている。テラスティーネがその表情を見たら、驚くだろう。
「エンダーン様は、貴方様を傷つける行為を先んじて行う方ではありません」
するなら、貴方様の目の前で行われるのでは?と、アメリアは艶やかに笑った。
アメリアが表情を元に戻して、再び問いかける。
「で、どういたしますか?このまま一緒に来てくださいますか?」
カミュスヤーナは、まだ心境が穏やかでない様子だったが、低い声でそれに答えた。
「……必ず赴くが、こちらでの作業を済ませておきたい。どうせ、そなたは近くで私のことを監視しているのだろう?赴けるようになったら呼ぼう」
「かしこまりました。では後ほどお呼びくださいませ」
言葉が言い終わると同時に、アメリアの姿がかき消えた。
カミュスヤーナは、自分の顔を両手で覆う。
元々、魔王と対峙し決着をつける予定だった。今回の要請はちょうどいい機会だ。
眠っているテラスティーネからも、魔力を貰い受けた。正確には「黙って奪った」のだが。
もう二度と彼女に辛い思いはさせられない。
顔を上げると、鏡の中の自分と視線が合う。
愛しい彼女と同じ、青の瞳。
それは決意に満ち溢れ、鋭く光を帯びた。
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