第29話 移行

「これでいいかしら。アメリア」

「その姿と声で、女性口調で話されると、何と返していいかがわからなくなるけれど」

 アメリアがやれやれと言ったように首を振る。合わせて背中のプラチナブロンドの髪が揺れる。彼女が着ているのは下着のみだ。


 アメリアの身体と、目の前に寝かされている人形の身体を見比べる。

 人形の瞼を開いて、瞳の色も先ほど確認した。アメリアと同じ赤い瞳だった。

「問題ないのではないかしら」

 アメリアも、自分の身体と人形の身体を見比べながら答えた。

 カミュスヤーナにお願いされた人形の身体の修正が、先ほど完了した。

 テラスティーネの記憶は戻ったが、身体も完全に元に戻ったのかがわからなかった。

 結局、当初の予定通り、アメリアを前もって呼び出し、カミュスヤーナの身体を借りて、テラスティーネ自身が、アメリアの身体を見比べながら、人形の修正をしたのだ。


 修正方法はカミュスヤーナに前もって説明を受けたのと、手順書も記載して残してもらっていたので、作業は滞りなく終了した。

 実際、かなりの違いがあったので、時間はかかった。

 カミュスヤーナは、テラスティーネの裸を目にしたことはない。

 恐らく、院などで学んだ平均的な人体を参考にしたのだろう。

 アメリアにかけられた魅了の術が、テラスティーネがカミュスヤーナの身体を借りることで解けないかと心配していたが、それはなかった。

 そのため、アメリアはテラスティーネに従順で、ちょっかいを受けることもなく済んでいる。


「貴方の意識をこちらに移さないといけないけれど、貴方一人で行える?」

 一応、カミュスヤーナから意識を移す方法は聞いたけれど、できれば行いたくないのが心情だ。アメリアは人形を示しながら答えた。

「こちらには意識がない空っぽの状態だから、意識を移すつもりで手をつないで一緒に寝ればそのうち移るわ」

「そう」

 そうか。意識がない方に移すのは簡単なのか。


 カミュスヤーナから聞いた方法は、アメリアから意識(魂)を奪う方法だった。しかも口移しで。

 なんでも意識以外のものを奪うのは、掌を介して行うことが可能だが、意識(魂)など、生命の根幹に近いもの、血とか魔力とかは口移しで行う必要があるらしい。掌を介して行えなくもないが、途方もなく時間がかかるのだそうだ。

 カミュスヤーナは今の時点で寝ているから、その手段を取っている状況を目にすることはなく、わからない。だが、傍から見れば、アメリアとカミュスヤーナが口づけしているに等しい。

 口移しで意識を奪うのはしたくなかったので、テラスティーネは、ほっと胸をなでおろす。


 テラスティーネは人形の身体を抱え上げ、工房に設置されている寝台に寝かせた。

 アメリアもその隣に身体を横たえる。いつも着ているラベンダー色のイブニングドレスは、たたんで机の上に置いてある。

 着たまま意識を移してしまうと、意識が抜けたアメリアの身体からイブニングドレスを脱がすのに手間がかかるためだ。

 目が覚めたら、彼女はすぐにイブニングドレスを着て、魔王の元へ戻らなくてはならない。テラスティーネは二人の上から薄い掛布をかけた。


「では、アメリア。新しい身体の手を握って寝て頂戴。私はカミュスヤーナ様に身体をお返しするから」

「わかったわ。おやすみなさい」

 アメリアが目を閉じる。すぐに規則正しい寝息に変わった。

 寝台が占領されてしまったので、テラスティーネは部屋の空いているスペースに布を引いて横になった。すぐに眠気に襲われる。


 相変わらずカミュスヤーナ様、休めてないのではないかしら。

 夢の中で会ったら、説教してあげなくちゃ。

 テラスティーネはそう思い、目を閉じた。

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