第30話 第六夜
ゆっくりと意識が浮上する。
目を開けると、こちらを向いてテラスティーネが眠っていた。
前回、試しにテラスティーネに身体を貸したところ、直後に意識がなくなり、出していた家具も消え、床に寝る羽目になることがわかった。
そのため、今回はあらかじめ床に向かい合うようにして並んで横たわった状態で、身体を貸すことにしたのだ。
前回は身体を貸したことによる弊害か、意識が夢にとらわれたまま、テラスティーネに告白し、抱こうとまでしてしまった。
テラスティーネに止められなかったら、夢の中とはいえ、その衝動のままに彼女の全てを奪っていたかもしれない。
目が覚めてから、テラスティーネに事の次第を説明され、血の気が引く思いがした。
私は、自分の生まれを聞かされてから、彼女を傷つけるのを恐れて、彼女を自分から遠ざけようとした。魔王の手にかかるのを恐れるのもあったが、なによりそれからも時折生じていた破壊衝動が、彼女に向かうのを恐れた。
それでも、私は彼女と関係を断ち切りたくなかった。そのそばにありたいと願った。
私が信頼できる身近な存在と婚約させ、彼女の様子を知り安堵する毎日。それも彼女が婚姻してしまえば、切れてしまういびつな関係。そう仕向けたのは自分。
いつか来る別離から目をそらし続け、彼女の心に向き合うことなく過ごしてきた。
結局、私は彼女を傷つける。
「私は醜い存在だ」
目の前に眠る彼女の方に手を伸ばす。
それでも私は彼女が欲しい。
「カミュスヤーナ様」
彼女の瞼が開いて、青い瞳が私を見つめる。
「テラ」
「アメリアの新しい身体の修正はうまくいきました。新しい身体にアメリアの意識を移行させるのには、彼女が意識を移そうと手をつないで寝れば、そのうち完了するそうですよ」
カミュスヤーナ様から伺った方法はとらずに済みました、とテラスティーネは語った。
「アメリアの意識の移行が済んだら、次は私が自分の身体に戻らなくてはなりませんね」
テラスティーネは自分に伸ばされていた私の手を取って、にっこりと笑った。
ちなみに今のところの予定は、
アメリアの意識の移行が終わったら、アメリアは魅了の術をかけたまま、私の監視に戻す。ただし、一連の行動は魔王に報告しないよう暗示をかけておく。
私の夢の中に退避しているテラスティーネの意識を、元の身体に戻す。
テラスティーネから目と髪の色を私に戻す。
これで私とテラスティーネの状態は、魔王遭遇前の状態に戻る。
ただし、今のままでは、今後も魔王の干渉が起こる可能性が高いため、魔王の力をそいでおきたい。
今のままの私では魔王に勝つことはできない。だから、テラスティーネから一時的でいいので、魔力を借り受けたい。
その後、アメリアを通じて、魔王と連絡を付け、決着をつける予定だ。
「テラ」
「はい」
「アルスカインとフォルネスから、君の婚約についてすべて聞いた」
私の言葉を聞いて、テラスティーネは目を見開いた。
「君の身体が君のものとして戻ったら、話したいことがある」
「……今ではダメなのですか?」
「君が君となって、私が私となった現実で話をしたい」
「わかりました」
テラスティーネが取っていた私の手を引っ張る。
引っ張られるのに合わせて、自分の身体をテラスティーネの方に移動させる。
テラスティーネは私の身体が目の前まで来ると、私の胸に頬を付け、背中に腕を回してきた。
「テラ」
「こうしていると落ち着くのです」
テラスティーネは、夢の中では素直に心を委ねてくれる。他の者の目が届かない場所だからなのかもしれない。はたまた、一度幼児になったせいで、甘え癖が戻ったのかもしれない。
とてもそれが嬉しいのに、言葉をかけることができない。
その代わりに、彼女の背に腕を回した。
「……」
「夢の中でこうしていられるのも、これが最後かもしれません」
背中を流れる水色の髪を上から下に撫でると、テラスティーネがさらに頬を摺り寄せてくる。
「幸せです。カミュスヤーナ様」
「私も幸せだ。テラ」
彼女は私の腕の中で、ほころぶように笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます