第28話 第五夜
先ほど、魔王から私たちが奪われたものを取り返す件について、現在の状況をカミュスが教えてくれた。
カミュスが語った内容をまとめると。
カミュスが私の身体をアメリアから取り戻すために、私の身体にそっくりな人形を造った。
その人形を新しい身体(依り代?)としてアメリアに渡し、代わりに私の身体を取り返すつもり。
既にアメリアは魅了の術をかけて、こちらに取り込み済み。
アメリアに新しい身体を渡そうとしたところ、服の下になっている部分も私の身体にそっくりにしないと、魔王に気づかれてしまうと、指摘されたとのこと。
そのため、私が一時的にカミュスの身体を動かして、人形を私の身体に合わせて直すことになった。
私としては、恥ずかしいけど、私の身体を使っているアメリアのを見て、カミュスが直してもいいのではないかと思っている。今の私の身体は14歳くらいで、さほど違いはないけど、アメリアの身体を見たほうが確実だろう。
だが、カミュスには頑なに拒まれてしまった。
それこそ顔を真っ赤にさせて、若干赤い瞳をうるませて、請われてしまっては、断りづらい。
「既に弟のアルスカインに領主の座は引き継いでいるので、その日は工房で寝泊まりしようと思っている。工房には結界を張っているので、音は漏れないし、魔王が中で行われている内容を覗くこともできない。私が工房で寝ると、君が目覚め、私の身体を借りることができると思う。いま一度、練習をしておくか」
今、カミュスが夢の中で私と話をしているということは、カミュスの身体は寝ている状態である、ということだ。
カミュスは向かい合わせで座っていた椅子から立ち上がり、私が座っている長椅子の前に立った。そして、私の方に両手を差し出し、掌を私に見せるように向けた。指先は私の方ではなく、天井の方を向いている。カミュスの前に扉が仮にあって、その扉を押して開けるような手の形と言えばいいだろうか?
「君の掌を私の掌に重ねて」
私はカミュスの手に自分のそれを重ねる。
カミュスは長椅子に座っている私の膝の右側に、自分の左膝をついて、上半身を私の方にかがめる。
「私の目を見て」
お互いのまつげが触れてしまうのではないかと思うほどに近づく。
カミュスの息が私の頬にかかる。
目の前がぼやけてきた。何度か瞬きを繰り返すと、天蓋のついた天井が目に入った。
「!」
驚いて身体を起こすと、身体の下に、手触りのいい寝具があるのが分かる。
視線が普段より高い。今は夜であるようで、月明かりのみが部屋の中を照らしていた。
「これは……」
思わず発した声が、カミュスのものであると分かった。
でも、これどうやって戻るのだろう。
「カミュス?私の声は聞こえてる?」
私の答えに応答するものはない。もしかして、カミュスが目覚めた時の私のように眠ってしまっているのだろうか?
窓の外を見ると真っ暗で、月だけが煌々と光っている。まだ夜明けは先のようだ。
私は枕元の明かりを探し出して灯した。
部屋の中が薄暗いものの照らされる。
寝台横にあった室内履きを履き、立ち上がる。
鏡があったのでのぞき込むと、夢の中のカミュスと同じ顔が私を見つめていた。ただし……その瞳は青かった。
鏡を見つめながら、私は顔をなぞっていく。
思っていたより滑らかな頬、長いまつ毛、通った鼻筋、薄い唇。顔をなぞる指先も夢の中の私よりも長く節ばっている。
「本当にカミュスなんだね」
鏡の中の顔が悲しげに私を見つめている。
正直、顔色は夢の中のカミュスと同じでよくない。目の下にクマのような陰りがある。
きっと私の身体を取り返すために、この身体の持ち主は無理をしているのだ。少しでも休んだ方がいい。
ひとまず私がこの身体を借りることができることはわかったし。
でも借りている間にカミュスと会話をすることは無理なようだ。やることは何かに書いておいてもらわないと。
私は明かりを消し、寝具の中にもぐりこんだ。身体が疲れているのか、すぐに眠気に襲われる。
◇◇◇◇
目を開くと、私の顔の下半分はカミュスの髪に埋もれていた。
私は例のふかふかな床の上に、仰向けに寝転がっている。
その上に覆いかぶさるように、カミュスの身体が載っている。
重い。。
身をよじってみたが、びくともしない。相手の身体の方が大きく重い。当たり前といえば、当たり前といえる。
全体重をかけないよう注意はしてくれたらしい。潰されて苦しいことはなかった。
先ほど長椅子の上で向かいあっていた状態で、二人が眠ってしまい、長椅子などが消えたらこの状態になるのかもしれない。幸いどこかをぶつけたなどもなく、痛いところはないけれど。
仰向けになった私の右肩に鼻先をうずめるようにしてカミュスの顔があった。規則正しい呼吸音から寝ていると判断する。
気持ちよさそうに寝ているからできれば起こしたくない。けれど、起こさずに私の身体をカミュスの下から抜くのは無理そうだ。
先ほどのカミュスの様子を思い浮かべれば、眠れるときは思うがまま寝かせておきたかったのだけれど。仕方がない。
口を開けたらカミュスの髪を食べてしまいそうなので、比較的自由になる左手でカミュスの体をゆすった。
カミュスの長いまつ毛が持ち上がり、赤い瞳がぼんやりと辺りを見回す。
私と目が合うと、彼はその赤い瞳を細めて、本当に幸せそうに笑ってみせた。
胸がきゅっと締め付けられる思いがした。
「起きて、カミュス。苦しい」
カミュスの頭が持ち上がったので、私はカミュスに身体も起こしてもらうよう願う。
カミュスはゆっくりと身体を起こして、目をぱちぱちと瞬かせる。でも、まだどこかぼんやりとしている。寝ぼけているのかもしれない。
「カミュス」
「テラスティーネ」
自分の身体を起こして、意識をはっきりしてもらうため、カミュスをより強く揺さぶろうとしたら、代わりに自分の肩をつかまれて床に押し付けられた。
両脇には、四つん這いになったカミュスの膝があって、身体も固定されてしまっている。
私は茫然とカミュスを見つめる他なかった。
カミュスは真剣な面持ちで私を見つめた後、口を開く。
「君が、好きだ」
「カミュス……」
強い光をたたえた赤い瞳で見据えられる。
頬に手を当てられ、カミュスの顔が近づいてくるのにあわせて、私は目をつぶった。
柔らかい感触が唇に押し当てられる。しばらくすると離れて、瞼や額、頬などにその感触が移動する。
頬に当てられた手は私の顔の輪郭をたどり、その後、私の耳の縁をそっと撫でた。
まだ、夢の中だと思っているのか?
今までのカミュスと様子が違う。
私に身体を貸したせいで、おかしくなっているのかもしれない。
今までのカミュスは、私に対して妹のように接していた。きっと、身体も小さかったし、記憶もなかったから、カミュスの気持ちを押し付けられることもなかった。
でも、今、彼は私を通じて、『テラスティーネ』を見ている。
実際、カミュスは私のことを「テラスティーネ」と呼んだ。今までずっと「テラ」で通してきたのに。
首筋に熱い息を感じ、カミュスの唇でなぞられた。
私の耳を撫でていた手が、服の襟元にかけられる。
彼は私に向かってささやく。
「テラスティーネ。君の全てが欲しい」
「それは……」
自分から出てくる声がかすれている。
目を開くと、私の首筋から顔を起こしたカミュスが、その赤い瞳で私の瞳を見つめた。目尻は赤くなり、襟元も自分でくつろげたのか、その下の鎖骨が見える。壮絶な色気にあてられ、くらくらする。
「私の全てを君に捧げよう」
耳元で彼の声が響く。目に涙がじわりとにじんだ。服の襟元から彼の手先が入り込む。
「やめて。カミュスヤーナ様」
私の言葉を受けて、彼の動きが止まった。赤い瞳で呆然と私を見下ろしている。瞳には驚きの色をたたえている。
「テラスティーネ……記憶が戻ったのか?」
「ええ、私はどこにも行きません。カミュスヤーナ様。このようなことをされなくても」
私の言葉に、カミュスヤーナはその瞳を瞬かせた。
そして今の状況を把握したのか、慌てて私の上から身を引いた。
私は彼を逃がすまいと、その胸に飛び込んだ。
「テラスティーネ……」
「しばらくこのままでいてください。カミュスヤーナ様」
カミュスヤーナの速い鼓動を聞きながら、私は目の前の身体を強く抱きしめた。
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