第27話 暴露
「兄上、今日はもうこれくらいにしましょう」
「そうだな」
手元にある資料をまとめ、別のテーブルに積み上げる。
お茶の準備をした兄上の従者であるミシェルが、資料を外したテーブルに3人分のお茶を入れていく。ミシェルが部屋を出て行ったのを見届けて、アルスカインは口を開いた。
「兄上、お話したいことがあるのですが」
カミュスヤーナの青い瞳が、アルスカインを見つめる。
「どうした?」
「テラスティーネと婚姻してください。兄上」
アルスカインの言葉を受けて、カミュスヤーナはフォルネスを振り仰ぐ。
カミュスヤーナの横に立っていたフォルネスは、彼の視線を受けて、顔を俯かせた。
カミュスヤーナはフォルネスの様子を見た後、アルスカインの方を向いて、大きく息を吐く。
「テラスティーネはフォルネスと婚約している」
カミュスヤーナは、アルスカインを諭すかのように、そう答えた。
「別に婚約者と婚姻しなくても問題ありません。このままテラスティーネとフォルネスが婚姻しても、誰も幸せになりません」
「なぜ、そう思う。フォルネスは有能だ。それに相手のことを考えて行動できる。そなたが領主になった後は、私とともに摂政役についてもらう予定だし、なんなら辺境伯に命じてもいい。将来も有望だ。何の問題がある」
カミュスヤーナの言葉を聞いて、フォルネスの頬が若干赤らむ。
フォルネスが有能なのはわかっているが、今の問題はそこにはない。
「問題ばかりです。テラスティーネと兄上は両想い。フォルネスは、別にテラスティーネが好きなわけではなく、他に思い人がいるのですから」
「アルスカイン様。それは言わないでほしかったのですが」
フォルネスに貴族的な笑みが浮かぶ。カミュスヤーナは、そんなフォルネスの様子を唖然と見つめている。
カミュスヤーナは人の色恋沙汰には疎い。自分の気持ちにも蓋をしてしまっている彼であればこそ、ともいえる。
「そうだったのか。それはフォルネスに悪いことをした。だが既に婚姻の準備は済んでいるのだろう」
「まだ2ヶ月ほどありますから、準備はいかようにでもなります。それより」
アルスカインはカミュスヤーナの方に身を乗り出し、両肩をつかむ。
「兄上、何が障害になっているのかはわかりませんが、テラスティーネを幸せにできるのは、貴方しかいないのです。テラスティーネと婚姻してください。お願いです」
「アルスカイン」
カミュスヤーナがその顔をゆがめる。泣きそうな耐えているような、そんな表情。
瞳の色が同じせいか、カミュスヤーナにテラスティーネの姿が重なって見える。
テラスティーネには心配せず待つよう伝えたが、そのまま彼女は魔王に身体を奪われてしまった。この点では、カミュスヤーナの懸念が当たってしまったというわけだ。
カミュスヤーナは、魔王からテラスティーネの身体を取り戻そうと尽力している。いざとなれば、自分を犠牲にしてでも、それをなそうとするだろう。
でも、カミュスヤーナがいなくなれば、テラスティーネは彼を追っていくような気がしてならない。彼女の幸せは、彼の側にある。
であれば、なぜカミュスヤーナは、テラスティーネを遠ざけようとするのか?彼女を厭うているわけでもあるまいし。
「もちろん、魔王から彼女の身体を取り返してからでかまいません。ただし、自分を犠牲にして彼女を救おうと思わないでください。彼女はそれを望んでいません」
「カミュスヤーナ様。一言よろしいでしょうか」
2人の会話を見ていたフォルネスが、おずおずと会話に割り込んだ。
カミュスヤーナは手を挙げて、それに応える。
「私はカミュスヤーナ様の命を受けて、テラスティーネ様と婚約いたしました。その後も休みをいただくごとに、テラスティーネ様と一緒に時間を過ごしました。テラスティーネ様は、毎回カミュスヤーナ様のことを尋ねられ、体調を案じられておりました。お二人は、お互いのことを思いやるあまり、自分の幸せを考えていないように感じるのです」
「自分の幸せ……」
「兄上、何が障害になっているのですか?私たちはその障害を取り除くよう、貴方に協力します」
カミュスヤーナの口が、何かを告げるようにはくはくと動く。が、その後、口を引き絞った。
「すまない。それは言えない」
「兄上!」
「だが!」
アルスカインの呼びかけに、カミュスヤーナは強い口調で応答する。
「テラスティーネの身体を取り戻したら、彼女にその理由を話す。私の思いとともに。その時は言葉を尽くす」
話していることに疑義はないようだが、どうも今までのカミュスヤーナの行動を見ていると、不安になる。アルスカインはカミュスヤーナの様子を窺いながら、彼に言葉をかける。
「兄上、テラスティーネが誰かと婚姻してしまえば、貴方がテラスティーネの側には、いられなくなるのですよ。兄上はもっと早くテラスティーネと話し合うべきでした」
「すべて、そなたの言うとおりだ。アルスカイン。どんな事情があろうと、私はテラスティーネに、伝えるべきだった。……もう遅いかもしれないが。私は彼女に甘えて、言葉で伝えてこなかった」
「今、それが分かっただけでも良かったと思います。まだ彼女は婚姻していませんから。私も下手な小細工はせず、もっと兄上と話すべきでした。申し訳ありません」
「下手な小細工?」
カミュスヤーナが瞳を瞬かせて、アルスカインを見る。
フォルネスも真顔になって、アルスカインの方を見やる。
正直、事実を話さなくても、どうにかなる。でも、婚姻まで間もないのも事実。
アルスカインは、今まで兄をだましていた罪悪感を払拭したかった。
「私はフォルネスにテラスティーネとの婚約の件で相談を受けました。その時、テラスティーネとは形ばかりの婚約をし、婚姻準備は兄上とテラスティーネとの間で行うつもりで進めるよう意見しました」
「……」
「先ほど、準備は如何ようにもなると言ったのは、このためです。本当は婚姻の1ヶ月ほど前に、兄上に事実をお話しするつもりでした」
「テラスティーネ様も、この件はご存知です」
フォルネスが口をはさんだ。
「誠か」
「はっ。アンダンテより、テラスティーネ様が、カミュスヤーナ様より、私との婚約が調ったとお聞きになり、大変ふさぎ込んでいるので心配でならない。伝えてよいか?と尋ねられましたので」
「知らぬは本人ばかりなり、か」
「私に懲罰を与えてくださってかまいません」
「もうよい」
カミュスヤーナはフォルネスに向けて、ひらひらと手を振った。
「どちらにせよ、無理にテラスティーネを遠ざけようとした私に端を発することだ」
この件は、これでしまいだ、と言って、カミュスヤーナは椅子から立ち上がった。
「領政の引継ぎも大部分、終わったので、しばらくはテラスティーネの奪還に注力する。摂政役の仕事はできかねるので、フォルネスはしばらく摂政役として、アルスカインを助けてほしい。アルスカインの領主への正式就任はテラスティーネ奪還後、場合によっては婚姻後とする。今は就任の儀式を行う余裕がない」
「かしこまりました」
アルスカインは立ち上がって、フォルネスとともに一礼をした。
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