第26話 授与

 目の前にある物体を上から下まで見直して、カミュスヤーナは軽く頷いた。

 出来は問題ないだろう。

 カミュスヤーナは白い布を上からかけた。

 部屋に防音、目隠しと侵入阻害の結界が張られていることを確認した後、空中に向かって声をかける。


「アメリア。いるか?話があるのだが?」

「何の様」

 声はするが、姿は現さない。


 前回、魅了の術をかけているのに、効果が切れたのか?

 カミュスヤーナは、前回のやり取りを思い返して気づいた。

 彼は前回のことをアメリアの記憶から消すよう暗示をかけたのだった。

 魅了にはかかっているが、その上から暗示がかかっているので、カミュスヤーナの指示に従わない、ということに。


「そなたと交渉したいことがある。交渉に応じるかどうかは、話を聞いてから判断してくれてかまわない」

 カミュスヤーナの声を聴いて、プラチナブロンドの髪に赤い瞳の少女が現れる。

 彼はアメリアの頭に右手を置いた。

「何をする!」

 アメリアはカミュスヤーナの手を払いのけようとしたが、身体をびくっと震わせて、彼を見上げた。

「カミュスヤーナ様」

 カミュスヤーナの姿を認めると、すぐに彼の横に跪いて礼をする。


「よい。顔をあげよ。そして、その椅子に腰を下ろせ」

 アメリアはカミュスヤーナが命じたとおりに、椅子に腰を下ろした。

 頬を赤らめ、キラキラした赤い瞳で、立っているカミュスヤーナを上目遣いで見つめている。

 そう、先ほど頭に手を置いた時に、暗示の方を解除した。

 毎回このやり取りを繰り返すのは面倒だな。どうするかは後で考えるとして。


「エンダーンの様子はどうだ。私がそなたに接触していることに気づかれてはいないな」

「エンダーン様は一人の魔人がお気に入りになられたのですが、その魔人が他の魔王に仕えているので、現在、交渉中です」

「何をやっているのだ。彼奴は」

「相手の魔王の方とは友好関係を断ち切りたくないようでした。カミュスヤーナ様に関しましては、私が監視の上、何か動きがあったら報告するよう指示は受けています」

 前回のやり取りは記憶にないから、報告しようがないか。


「わかった。今回そなたに渡そうと思ったのは、これだ」

 カミュスヤーナは先ほど白い布をかけたものを指さした。アメリアが身を乗り出したのを確認して、白い布を外す。

「……これは」

「そなたの身体だ」

 カミュスヤーナとアメリアの前に、少女が眠っている。

 背中を覆うプラチナブロンドの髪。白く細い手足。服の代わりに大きな白い布が巻き付けられている。

 瞼は閉じられており、身体はピクリとも動かない。

 その容姿はアメリアと瓜二つ。


「これはよくできていますね。触ってみても?」

 アメリアの問いかけに、カミュスヤーナは頷いた。

 アメリアが髪や頬、手足に触れていく。

「この布が巻き付けられている部分も、再現されているのですか?」

 アメリアがカミュスヤーナを振り返り、自分の身体の胸から太ももあたりにかけてを撫でる。

「それは……正直見たことがないから……」

「でも、エンダーン様が私を造られた時に、見ているかもしれませんよ」

 何かの折に身体を見られたら、気づかれてしまうかもしれません、と言葉を続けるアメリアを見つつ、カミュスヤーナはこめかみに手を当てた。


 確かにこれを造っている時に、それは考えた。

 夢の中でテラスティーネに頼んで見せてもらうことも考えたが、まだ回復が追いついておらず、夢の中の彼女は12歳くらいで、参考にならない可能性もある。もし、成長が追い付いていたとしても見せてくれと、お願いはしにくい。

「今、ここで見せましょうか?」

 アメリアが自分のイブニングドレスに手をかける。

「待て。それはやめよ」

 ただでさえ、テラスティーネそっくりの容姿と声。彼女がこの場で裸体をさらすなど、何の拷問だ。

 カミュスヤーナは頭を抱えたくなる。


「では。彼女にお願いしてみては?」

 アメリアが思いついたように、人差し指を立てて口にした。

「……テラスティーネにか?」

「テラスティーネ様にも、できる作業であれば」

 テラスティーネにカミュスヤーナの身体を一旦預け、自分の身体を使って、この人形(意識が入っていないので、人形と言えば人形)の身体を、テラスティーネ自身の身体に合わせて修正させる。

 それは魔法士であるテラスティーネにもできる作業だ。

 作業内容を直接説明するか、紙に記しておけば、できるだろう。


「今、ここでカミュスヤーナ様が直したほうが、効率はいいですけどね。まぁ、エンダーン様は、別のことに興味が移っていますので、私の新しい身体造りに時間をかけても、問題はないでしょう。ちょっとしたことでエンダーン様に気づかれる方が恐ろしいです」

「それはそうだな」

「私は、その場にいたほうがよろしいでしょうか?」

「テラスティーネに確認する。必要であれば呼ぶ」

「かしこまりました。では一旦失礼します」


「待て。アメリア」

 アメリアが、カミュスヤーナを見上げて小首をかしげる。

 カミュスヤーナはアメリアの頭に右手を載せた。

 結局、安全をとって、アメリアの記憶を消す暗示をかける。次回も面倒なやり取りが交わされるのが目に見えるが、仕方がない。

 アメリアは目を伏せると、その場から姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る