第21話 回想 婚約

「どういうことですか。フォルネス」

 フォルネスは目の前に座っている少女の顔を見る。

「貴方がテラスティーネ様と婚約するなんて、何がどうなって、そのようなことになるのです」

「そうは言っても、カミュスヤーナ様からの命だ」

「!カミュスヤーナ様もカミュスヤーナ様です。テラスティーネ様の思いを、ご存知でそのようなことを」


 フォルネスはアンダンテの言葉に、困ったように口を開いた。

「私も命を受けた際、なぜテラスティーネ様と婚約されないのか、直接伺ってみた」

「それで?」

「私にはその資格はないとの一点張りだ。次期領主のアルスカイン様には、既に思い人がいて、テラスティーネ様との婚約は断られたとのこと。ならば、主がテラスティーネ様と婚約しても特に問題はないと思うのだが、頑なに拒まれてしまう」

「カミュスヤーナ様は、自分のことをなぜそのように低く見られるのでしょう?私には、十分優秀な方と思われますし、何より、カミュスヤーナ様が一番、テラスティーネ様のことを気にかけていらっしゃると思いますのに」


 アンダンテの言葉に、フォルネスは深く息を吐く。

「主は、自分の存在を以前から軽んじる傾向にある。自分のことより、まず他者。特に自分の身の回りの人物には身びいきだ。テラスティーネ様のことを大切にするあまり、自分自身から遠ざけようとされてしまわれる」

「……だからといって、テラスティーネ様の好意を無下になさるなど」

 アンダンテは、フォルネスの顔を見て、頬に手を当てた。


「アルスカイン様にもこの話は通されており、アルスカイン様も、私と同じ疑問を抱かれたらしく、問い詰められたそうだが、それではテラスティーネ様が幸せになれないからと返されたそうだ。また、色を魔王に奪われている状態で、いつ狙われるかわからないから、テラスティーネ様が側にいるのは、危険だと」

「それは、そうかもしれませんが。私は納得できません」

 アンダンテの言葉に、フォルネスは、くつくつと笑った。

 それを見てアンダンテの顔が赤くなる。


「そうだな。私も主の幸せを考えると納得できない。アルスカイン様も同じことをおっしゃっていた。ただ、私は主の命に背くことができない。そこでだ、アルスカイン様と話をし、形ばかりの婚約をすることにした」

「形ばかり……」

「別に婚約といっても、婚約相手を領内に発表するわけではない。他領からの問い合わせには、領内で婚約が調った旨を伝え、断ればいいだけだ。でも婚姻に関しては、カミュスヤーナ様とテラスティーネ様との間で行われるとして準備をする。その前に、この婚約は破棄すればいい」


「そんなことできるのですか?」

「我が主は正直、領内の疫病対策と、領政を整えるので、しばらくかかりきりとなるだろう。婚姻に関しては、式予定の半月前にお伝えしたとしても、間に合う。それに主はたぶんテラスティーネ様を自分から遠ざけるように仕向けるだろうから、この件は私たちの心の中にしまっておけば、発覚しない。この件を思いつかれたのは、アルスカイン様だ。あとは、テラスティーネ様に伝えるかどうかだが……」

 フォルネスがアンダンテを見つめる。


「……お伝えしてもよろしいでしょうか。実は貴方との婚約をお聞きしてから、ひどいふさぎようで。その上、今後この婚約が破棄されるまでは、カミュスヤーナ様とは、きっと以前のように一緒にお過ごしになることはないでしょう。テラスティーネ様のお心を考えると、悲観して以前のように食事もとらなくなるかと心配なのです」

「まあ、そうだね。好きな人から他の人との婚約が調った、と聞かされたのだから」

 カミュスヤーナ様も罪深いことをなさる、とフォルネスは続けた。

「でも胸の中にとどめておいてほしい。そうでないと、私の首が飛ぶことになるから」

「それはもちろん」

 アンダンテが慌てたように答えた。


「申し訳ないが、しばらくカミュスヤーナ様とテラスティーネ様が、二人きりで会うのも、控えてもらった方がいい。主の様子からそのようなことはされないと思うし、カミュスヤーナ様が院に赴かれることはないだろうが。一応、院ではアルスカイン様ができる限り見ていてくださるそうだ。もし、個別でカミュスヤーナ様から面会の連絡があるようであれば、私に教えてほしい」


「かしこまりました。あの……フォルネス」

「何?」

「貴方はそれでいいのかしら?」

「私は望むのは主の幸せだからね。それに婚姻までは後5年くらいだから、その頃には多少状況も変わっているだろう。だから……」


 フォルネスはアンダンテに向かって手を差し出した。アンダンテは戸惑ったように自分の掌を重ねる。

「それまで君は待っていてくれるかい?アンダンテ」

「……は、はい」

 顔を真っ赤にして、わたわたと慌てるアンダンテを、フォルネスは優しいまなざしで見つめていた。

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