第20話 回想 兄の提案

「兄上。お呼びですか?」

「アルスカイン。急に呼び出してしまって、すまない」

 対面する兄カミュスヤーナの顔色は、とても悪い。

 疫病で父、母、摂政役を亡くし、急遽、領主に就任することになったカミュスヤーナは、領政に日々奔走しており、いつ寝ているのか心配になるほどだった。

 アルスカインもカミュスヤーナの補佐はしているが、なにぶん未成年であり、院での生活もあって、あまり助けにはなれていないと実感する。


「いえ、兄上の力になれるのであれば、いつでもお呼びください」

「そなたも父、母を亡くし、つらい時であろうに」

 それは、兄も同じことである。その言葉をそのまま兄に返したい。

「あの、兄上。やはり、目は見えないのですか?」

「魔力感知で補っているので、問題ない」

 髪の色が以前と変わり、両目を布で覆っているカミュスヤーナは、会うと違和感がある。


 カミュスヤーナが院を卒業したばかりの時期、彼の元に魔王が現れ、髪と瞳の色を奪った。それに伴い視力も低下した。

 魔人や魔王については院で学んではいたが、通常生活していく上で、関わりを持つことはない。

 カミュスヤーナの魔力量の多さが魔王の興味を引いたのか、はたまた別の理由があるのかはわからないが。


「実はテラスティーネの件で話がある」

「テラスティーネですか?」

 テラスティーネは、アルスカインたちの父の妹の子どもだ。従兄妹にあたる。

 この間、院で会った時には、特におかしな点はなかったのだが。


「何か問題でも?」

「テラスティーネへの婚約の申し出が増えている。当人の魔力量が多いので、領政の安定を考えると、できれば領内にとどめておきたい」

「領内で婚約を調えるということですか」

 テラスティーネはアルスカインの1歳年下のはず。

 11歳となれば、婚約をしていてもおかしくはない。おかしくはないが。テラスティーネが慕っているのは、目の前の兄、カミュスヤーナだ。

 だが、アルスカインに話をするということは、彼女と婚約するのはカミュスヤーナ以外の者で考えているのだろう。


「そなたに添わせようと思ったのだが、そなたの意見はどうだ」

「私ですか。。本人の意向は伺ったのですか?」

「……領内に留まることは希望していたが、そなたと婚約することは断られた。」

「でしょうね」

「そなたはその理由を知っているのか」

「ええ、知っています。歳が近いということもあって、相談に乗っていましたから」

 私の相談にも、乗ってもらいましたし、とアルスカインは言葉を続けた。


「本人から兄上には、断った理由について、話はなかったのですか?」

「……」

 ああ、あったのですね。

 うっすらと、頬が赤みがかった兄を見て、アルスカインは苦笑する。

「兄上がよいのであれば、テラスティーネの意向をくんであげれば、よろしいのではないでしょうか」

「だが、次期領主はそなただ」

「兄上、往生際が悪いです」

 アルスカインは、カミュスヤーナにニッコリと笑って見せた。

 本当にこの人は。少しは自分の幸せを望めばいい。


「実は、私には将来を共にすることを考えている女性がいるのです。その内、兄上には紹介しますよ」

「それは誠か」

「はい。なので、テラスティーネの相手は、兄上にお願いしたいです」

「だが……」

 もう一押ししないとだめだろうか。

 アルスカインは大きく息を吐く。


「兄上、彼女の気持ちは迷惑ではないのでしょう?彼女は、私と会うと兄上の話ばかりなのですよ。何時も兄上のことを心配し、兄上の助けになりたいと言っていますよ」

「……迷惑などではない」

 カミュスヤーナは布の上から両目を覆うように手をやった。

「では、なぜ頑なに婚約しようとなされないのですか?」

「私は養子だし、歳も離れているし。私では彼女を幸せにしてやれない」

「養子だろうと兄上は優秀ですし、魔力量も豊富。私が領主になったとしても、きっと兄上に頼ることが多いでしょう。歳も5つ違いですよね。それほど離れてはいませんよ」


 アルスカインはカミュスヤーナをなだめるが、彼の自己肯定力は低い。カミュスヤーナの顔色は晴れない。

「しかも色を奪われている。私の近くにいては彼女を危険にさらしてしまう」

「それは……兄上であれば、守れるのでは?」

「私には、そこまでの力はない」

 カミュスヤーナはそう言い捨てて、アルスカインの方に顔を向けた。

「……そなたの婚約は成人し、領主になってからでよいのか?」

 突然、話が変わり、アルスカインは戸惑ったように答えた。

「いえ、私も彼女のことが心配なので、早めに婚約は調えて、領主になったら婚姻を、と考えています」

「出身領と名前を後程、教えてくれ」

 微妙にはぐらかされている。

 アルスカインはカミュスヤーナに呼び掛けた。


「兄上」

 カミュスヤーナがアルスカインの方を見やった。

「私は、兄上とテラスティーネの仲が取り持たれるよう応援しています」

「……そうだな」

 善処しよう、とカミュスヤーナは笑って頷いた。

 これはきっと、兄はテラスティーネと婚約しない。

 だが私は、この件に関しては納得できない。

 敬愛する兄カミュスヤーナの顔を見ながら、アルスカインは軽く唇をかんだ。

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