第22話 第四夜

 このところ会うたびに、カミュスの顔色が悪くなっているように感じる。

 私がカミュスに覆いかぶさって、顔をジロジロと見ていると、カミュスは居心地悪そうに身じろぎした。

「そんなに見られると、いたたまれないのだが」

 カミュスの頬がほんのり赤くなる。私の目から逃げるように顔をそむけた。


 私たち二人は寝台の上にいる。

 カミュスのあまりの顔色の悪さに、私が寝て身体を休めるよう強く言ったからだ。

 寝台に横にはなったものの、カミュスは眠れず、身体を起こそうとするので、私がカミュスの上に覆いかぶさって起きられないようにしている。

 ちなみに、私は12歳くらいに身体が成長している。

 でも、記憶は戻らないままだ。


「重くないよね?」

「重くはないが……」

 カミュスの顔がさらに赤くなる。

 なんで?熱があったりする?

「顔が赤いけど、熱があるのかしら?」

「いや、顔や身体が近くて……つらい」

 カミュスは顔をそむけたまま、ぼそぼそと言い募る。

 カミュスに言われて、私は改めて、二人の位置関係を見直した。


 カミュスが寝台に仰向けになっていて、私はカミュスの顔の横に手をつき、身体の横に膝をついて覆いかぶさっている状態だ。私の上には薄い掛物が載っているので、カミュスの身体は見えない。

 それに、ずっと四つん這いになっているのは、体力的に無理だったので、カミュスのお腹の上くらいに座ってしまっているけど。


 もしかしなくても、かなり近いかも。

 客観的に今の状態を認識して、じわじわと顔に熱が集まってくる。

 私はカミュスから身を離そうとしたところ、長時間同じ体勢をしていた弊害か、手が突っ張れなくなって力が抜けた。

「ひゃん!」

 顔と顔がぶつかりそうになったところを、カミュスの左手が私の肩を、右手が私の口元を、下から持ち上げるように押さえた。

「大丈夫か?」

「……」

 なんか面白くない。


 下から見上げるカミュスの赤い瞳を見て、口を押さえられた状態の私は、目を細めて笑って見せる。

 カミュスは私の笑みを見て、顔をこわばらせた。

 何か察したのだろう。するどい。

 私は、口を押さえている掌の中央を、舌でペロリと舐めた。


「んんっ~~!」

 カミュスが顔を赤くして、わたわたと慌て始める。

 でも、手を外すと私の身体を落としてしまうからなのか、律儀に私の身体は支え続けたままだ。

 カミュスの反応が面白くて、私は舐めるのを続けてみた。

「もぉ……かんべんしてくれ……」

 カミュスの顔は、これ以上ないほど赤くなっている。赤い瞳もうるんでいるように見える。

 やりすぎたかな。


 掌を舐めるのをやめ、身体を支えているカミュスの腕を軽くたたくと、カミュスは私の身体を自分の身体の上にそっと下ろした。

 私の顔がカミュスの胸にうずまるような体勢だ。

 カミュスの早い鼓動が聞こえる。

「はぁ……君は性格が以前と変わってないか。そんなにいたずら好きではなかったと思うが」

「以前のことはまだわからないけれど、今の私が素なのかも。……ねぇ、カミュス」

「なんだ?」

「カミュスは私のことが好きなのでしょう?」


 私の問いに、カミュスは私の頭の後ろを撫でていた手を止めた。

「何を言って……」

「私はまだあなたと会って、そんなにたってないけど、従兄妹で幼馴染のような関係だけで、ここまでのことはしてくれないと思う」

 顔を上げると、カミュスは私と視線を合わせた。

 何も言わなかったが、カミュスは本当に優しいまなざしで、私を見つめる。


「私はカミュスのことが好きだよ。これが恋愛感情なのかはわからないけど。ほら、私、今は小さくなっているし、カミュスは大人だから、こんなこと言われても困ってしまうかもしれないけど」

「……」

「ごめんね。記憶がないから、以前の私が貴方を好きだったのかどうかはわからない。でも、幼いころから一緒にいて、命も助けてもらったあなたのことは、大切に思っていたと思うよ」


 そう言って笑ったら、カミュスは視線を伏せる。そして、私の頭の後ろに手を当て、視線を下げさせられた。一瞬、泣きそうに表情の崩れたカミュスの顔が見えた。

「……」

「私はカミュスとテラの仲を応援する」

「……君はテラ本人なのに、自分のことを応援するなんて」

 頭の上で、カミュスが苦笑しているのを感じる。

「ん~。記憶がないからなのか、私がテラなのか、よくわからなくなくて。でも、いつも優しくしてくれるカミュスのことが好きなのはたしか。だから、カミュスが私(テラ)のことを好きなら、応援するよってこと」

「ふふっ。それは頼もしいな」


 カミュスの声が少し明るくなったので、私は安心から泣きそうになる。

「だから、自分のことは大切にして。そんな顔色じゃ心配になっちゃうよ」

 私の背中にカミュスの腕がまわる。

「そして、ずっと私(テラ)の側にいてくれないかな」

「私は……」

 カミュスの心音と体温を感じる。

 何が彼を押しとどめているかはわからない。

 でも私はカミュスが好きだから、カミュスの側にいたい。それだけだった。

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