第15話 第三夜

「カミュス!」

 近くで私を呼ぶ声がする。

 目を開けると、目の前に涙をたたえた青い瞳があった。水色の髪が私の顔に落ちてくる。

 白い床の上にあおむけに寝ている私を、少女がのぞき込んでいるようだ。

 珍しく少女の方が先に目覚めたらしい。

 過去の記憶に引きずられたせいで、頭が痛いが、なんとか表情を取り繕った。


「テラ?どうした。そんな泣きそうな顔をして」

「貴方がうなされていたから。心配で」

 私は愛しい少女を安心させるように笑いかける。

「心配してくれて、感謝する」

 テラはその顔をゆがめた。私の額に手をやり、前髪を優しくなでてくれる。

「当然だわ」

「……話の続きだな」

 前髪に置かれた手を取って、私はその場に上半身を起こす。


 テラの様子を観察する。また身長が伸びている。今は9歳くらいだろうか。

 服は白のワンピース姿に戻っていた。

 私の夢の中だからなのか、テラには何か物を出したり、服を変えたりといったことはできないようだ。できたとしても、あえてする必要もないのかもしれないが。


「私の身体を取り戻さなくてはならないのでしょう?でも、どうやって?」

「魔王は君の身体で、アメリアという自動人形を作っている。アメリアから君の身体を取り戻す」

「でも……」

「アメリアから意識を引きはがせばいい」

「その方法は?」

「実際に行ってみないとうまくいくかはわからないが、大丈夫だろう」


 私が奴にされたように、意識を引きずりだせばいいのだ。その方法まで、彼女に話す必要はない。


「魔王とアメリアを一時的にでも引き離しておかないといけない。2人を同時に相手するのは、私でも手に余る。……アメリアには、まだ自我のようなものがある。何か興味の引くものでおびき寄せるか」

「魔王とアメリアの仲はカミュスから見てどんなだった?」

「アメリアは、魔王に身体や視力を貸すほど隷属しているが、自分の意志で動いているように見えた。命令は聞くが、自分の意見を持ち、それに伴っても行動できる。人形の範疇は超える」


 テラは少し考えこんだ後、さらに問いかけてくる。

「その人が興味を引くことってなに?」

「多分、魔王を喜ばせることができること」

「それは、あなたじゃないの?」

 そう。魔王が欲しがっているのは私自身。ただすんなり手に入れるのはつまらない。抗って抗ってその上で手に入れたい。そう思っているはず。


「交換条件を申し出るか」

「交換条件?」

「私自身と君の身体だ」

「でもそれではカミュスが……」

「領政はアルスカインに引き継ぐし、摂政役は今、私についている摂政役をそのまま残留させればいい。君が身体を取り戻したら、意識を戻すまでは私が行うし、あわせて魔力も奪われた分を移してやろう。そうすれば婚姻もできる。私がここにいれば、また魔王からの干渉を受けることを鑑みると、それが一番いい方法だと考えられる」

 私の言葉を聞いて、テラは一瞬ハッとしたような顔になった。

 それを見ながら、今の年齢ぐらいのテラに、自分が告白したことが頭をよぎった。


 あの頃の自分は何も分かっておらず、なんと安直だったことか。

 異分子である私は、君の側にいる資格がない。

 それにこのまま側にいると、私は君をまた傷つけてしまうだろう。


「でもっ!」

 横に座り込んでいた少女は、私の方に身を乗り出す。

 青い瞳には涙がにじみ、白い手が私の袖口を握った。

「カミュスがいなくなっちゃう」

 そんな顔をしないでほしい。折角の決意が鈍ってしまう。

 自分の膝の上で、肩を震わせて泣く少女を抱えて、私は彼女に気づかれないように息を吐く。


「大丈夫だ。今はここにいる」

 君の身体を取り戻す、その日までは。

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