第14話 回想 強奪
調合の手を止めて、私、カミュスヤーナは自分の目をこすった。
ここは私が薬の調合をするのに使っている工房だ。
ここ数月の間に起きた出来事を思い返す。
このエステンダッシュ領では、疫病が流行っている。
養い親である領主夫妻、父親である摂政役は、ともに疫病にかかり亡くなった。
私は急遽、領主になった。次期領主である義弟のアルスカインが成人するまでに、領政を立て直さなくてはならない。
それに並行して、疫病に対抗する薬を作らなくてはならない。
私、そしてアルスカインや庇護している少女は、まだ感染してないようだが、それも時間の問題だ。
自分を実験体にしてみているのだが、どうも私はこの疫病に罹患、発症しにくい体質であるらしい。この理由が判明すれば、薬の開発に流用できるのではないかと思われるのだが。
私は一旦休憩しようと、扉の方に身体を向けた。
最初に捕らえたのは、強い光を得た金色の瞳。
鏡を見ているようだった。
私はプラチナブロンドの髪に赤い瞳。対面するのは金の髪に金色の瞳。
色は違うのに、その容姿は驚くほど似か寄っている。まるで分身のような。
「初めまして。カミュスヤーナ。私の半身」
紡ぎだされる言葉にのる声もうり二つ。
「半身……?」
「そなたは何もしらないのだね」
青年は私の前にある椅子に腰を下ろした。
「カミュスヤーナ。私と来い」
青年は私の方に手を伸ばしてくる。
「突然現れ、半身だの、来いだの、意味が分からぬ」
今までに会ったことのない人物なのに、自分と全く同じ容姿をもつ彼に、自分の警戒心がなかなかわいてこない。これは危険だ。
「私はエンダーン。そなたの双子の兄だ」
「!」
まったく同じ容姿が、彼の言葉を裏付けている。擬態しているのかもしれないが。
躊躇っているのが分かったのか、エンダーンは口の端を上げた。
「そなたの肉親は私のみ。私だけがそなたの家族だ」
「私には養父様も養母様も、弟もいる。それに父上だって」
「弟以外はいなくなったではないか。そなたが言う父上だという男も、血は繋がっていない」
彼の言葉に、私はやはりと思う。
自分は、摂政役の父とは、まったく似ていなかったから。そして、疫病で養父、養母、父は亡くなった。
エンダーンの言葉は正しい。
「そなたはこちらに戻るべきだ」
エンダーンは私と同じ顔で、口の端を上げてほほ笑む。いや、にやりと笑う。
「ここにいてもそなたは傷つくばかりであろう。そなたはここにいるものとは違う。異分子なのだ」
そなたは魔人なのだから。青年は楽しげに言葉を続けた。
「魔人」
人間にしては豊富な魔力量。時々湧き上がってくる破壊衝動。人間ではないと言われれば腑に落ちた。
「あの時に逃げていなければ、私と一つになれたのに、離れたままでいるから苦しい。思っていたより美しく成長しているから、食らおうとは思わないが、私の側には連れ帰る」
目の前の青年は、私に説明を始めた。
私は魔王の元に産まれた、双子の子どもの片割れだった。
魔人の間では双子は禁忌の子。魔力量の多さと魔人としての強さが比例する世界では、一人がもつ魔力量を2つに分けてしまい、子一人一人が持つ魔力量が少なくなってしまうからだ。
私は産まれた時に双子の兄エンダーンに捕食される運命だった。
2つに分けた魔力量を一つにするために。
産んでくれた私の母はその運命を嘆き、人間の住む世界に逃がした。
母は父に、私を逃がしたことの責任を取らされ、殺された。
父はその後、私を探そうとはしなかった。
思った以上に、兄エンダーンの魔力量が豊富で、私を食らわなくても魔人として十分な強さを誇れたからだ。
エンダーンは魔人としての力をつけ、魔王である父を屠り、魔王となった。
ただ、魔王になっても、エンダーンは日々退屈だった。美しいものが好きで、魔人や人間をさらってきては、人形にして自分の周りに侍らせたりもしてみたが、反応が従順すぎてしばらくすると、飽きた。
そして思い出したのが、自分の元から逃げ出した双子の弟カミュスヤーナだった。
今更、食って自分の力として取り込もうとは思わないが、このつまらない日々を払拭してくれるかもしれぬ。
そして彼は今、私の目の前にいる。
「そなたは魔力の色が私に近しいから、私の魅了は効かないであろう。抵抗してくれた方が私としても面白い」
特にその色と瞳、そして魂の美しさが欲しい。
エンダーンが続けて語る。
私が瞬きする間に、目の前に立った青年は、私の両目に左手をかぶせるようにあてた。
燃えるような痛みが瞳を中心に広がる。
「くっ……」
左手を払いのけたいが、身体が動かない。背中が壁に押し当てられ、前から青年の右手が私の側頭部に添えられる。
何も見えない。両目が熱い。
この後、私は何をされるのか。
自分の唇に何か柔らかいものが当たった。
そこから何かが引き出されるような感覚を覚える。
「うぅっ」
この身体から引きずり出されるような感覚。吐き気がする。身体を引き離したいのに、力が入らない。相変わらず両目は激しく痛む。
青年の身体が離れ、両手は目と後頭部より外され、両肩に当てられた後、壁にさらに身体を押し付けられる。
「残念だけど、魂が吸い出せないな。でも、いい表情だ」
目を覆っていた手が外されたのに、視界はぼんやりとしており、ほとんど見えない。しかもとてもまぶしい。
私は瞼を閉じ、とっさに魔力感知を発動させた。視界がクリアになっていく。
エンダーンは私の目の前に立っていた。荒い息をつき、その金色の瞳に恍惚とした色がある。
瞼を開いていないとはいえ、多分私の方も同じような状態なのだろう。
羞恥心から顔に熱が集まる。
「魂は無理だったが、色はもらったよ。それで、私と一緒に来るだろう?」
「はぁ……断る。」
声がかすれる。
エンダーンは嬉しそうに、くつくつと笑った。
「まぁ、今日は初めてだし。次の機会にしよう」
エンダーンが付けていたマントを翻す。次の瞬間には彼の姿はかき消えていた。
私は壁に寄りかかって、身体を床に沈ませる。身体に力が入らない。意識が揺らぐ。
周りが暗転した。
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