第36話 空

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

重そうな鉄の扉の向こうの世界の物語。


レオンは外を見ていた。

霧が晴れ、風が吹き、緑の波が揺れる。

ギアビスは外で洗濯物を干していた。

白い洗濯物が風に揺れていた。

青い空に揺れていた。


しばらくすればレオンという名にも慣れた。

ギアビスはレオンの部屋に来てはいろいろなことを話していった。

「空の向こうには何があるんだろう。君の来た扉の向こうには何があるんだろう」

空の向こうには希望が持てた。

自分の来た扉の向こうは…まだ、何があったのか思い出せない。

何か、自分にとって大きな物があったような気がする。

半身もきっとそこに置いてきたのだろう。

ギアビスはそんな風に考え込むレオンを見る度、

「ゆっくりでいいよ」

と、優しく微笑んだ。


穏やかに日々は過ぎていった。

レオンは補ったパーツの調子もよくなり、家事の手伝いをするようになった。

それでも時々力の調整がうまくいかなくて、義手で鍋を壊すこともあった。

「僕がやることなんだから君はいいのに…」

鍋を直しながら、ギアビスはぷぅと頬をふくらます。

「すまん…でも、何か手伝いたくて…」

「いいの、僕がやることなんだから」

「何か手伝えることは…」

「んー…後で食器洗ってもらおうかなぁ…あー、またお皿割られても困るしなぁ」

「もう割らないから」

レオンは真面目に言った。

ギアビスは耐え切れないように笑い出した。

「お皿洗いでそんなに真面目になることないでしょ」

「そういうものなのか?」

「そーゆーもんだよ」

そう言うとまたギアビスはひとしきり笑った。


「空が飛びたい」

ギアビスは皿を洗いながらそんな事を言っていた。

「君と空の向こうに行きたい」

そんな事も言っていた。

自分をサイボーグにするくらいなんだから、その程度の技術がありそうなものだとレオンは思った。

実際口にした。

「…飛べないんだ…僕は」

ギアビスは苦笑いした。


少し、かなしそうだった。

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