一輪咲いても梅は梅②

 新人戦三日目。女子は午前に団体決勝リーグ、午後に個人戦シングルス決勝トーナメントを行う。

 花ノ谷かのやではシードの平原と一次予選を首位通過した井浦の二人がシングルス決勝に残っており、その裏で代表決定戦を戦う鞠佳まりか以外の一年生は先輩の応援に回ることになっていた。

 二年生はもちろん美景みかげすみれも二次予選で県大会出場権を勝ち取り、ダブルスでも二組が全県出場を決めるなど、花ノ谷はここまでまずまずの成績を残してきた。しかし、一番の問題は団体戦だ。


 決勝リーグに進んだのは五校。正藍寺しょうらんじ、花ノ谷、田宮第二、美園とシード四校が順当に勝ち進み、ここに田宮商業が加わる。

 初戦で田宮第二高校、二戦目で美園高校と対戦した花ノ谷はいずれも勝利を収め、三試合目でとうとう正藍寺と当たることになった。指定されたコートに移動した一同は井浦を中心にオーダーを決める段階に入っていた。


「一番はあたしでダブルスはセイちゃんとスミちゃん、五番にセイちゃんまでは決まり。あとは二番と四番をどうするかです。ミカちゃんはきっと海玲みれいと当たったほうがいい勝負になるだろうけど……でも、それじゃ意味がないんだもんね」

「はい。わたし、二番で出たいです」


 美景が決然として答える。正藍寺戦に誰より強い思い入れを感じている美景にしてみれば、昨年編入した浜崎ではなく長年正藍寺のレギュラーを守ってきた元チームメイトと戦いたいという希望があるのだろう。


「了解、じゃあミカちゃんは土田さんと。みんなもいいよね? で、残るは四番なんだけど、スミちゃんにもう一回出てもらって――」

「それはやめたら? ダブルスにも出るんだし、今の進藤さんよりだったら瀬尾せおさんのほうがいいと思うけど」

「は? あんたいきなり何、」

「菫もそう思いまーす」


 唐突に名前を出された鞠佳が驚きに腰を浮かせる。続けて当惑混じりに言い返そうとするが、それを遮るようにぱっと手を挙げた菫が賛同の意を示した。


「本当こいつらわけわかんない……」


 頭を抱える鞠佳の横で菫が朗らかに笑う。まるで無邪気なその様子に顔を見合わせたあさひと美景は、示し合わせたような動きで平原のほうを見た。

 この先輩にはよくある無遠慮な物言い。ともすれば人を見下したようにも聞こえる発言にはしょっちゅうひやりとさせられるが、幸いにして菫には機嫌を損ねた風もない。

 考えれば菫はここまでの三試合休みなく試合に出ており、個人戦でも勝ち残った分試合数が多かった。普段から体力のなさを自虐している菫が疲れていないわけもなく、疲労でパフォーマンスが落ちるということもあるのかもしれなかった。


「了解。じゃ、四番はマリちゃんってことで。いける?」

「……わかったわよ。数合わせで使われるのには慣れてるわ」

「こーら、最初から卑屈なこと言わないの。せっかく海玲と当たるんだからね!」


 井浦にぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、なにすんのよ、と鞠佳がわめく。試合中の他校を気にしてかいくぶん小さな声だったが、この二人は本当に賑やかだ。井浦と鞠佳を見ていると、仲のいい先輩後輩というのはこういうものなのだなと学ばされるようだった。


 旭は中学時代吹奏楽部に所属していたが、受験のためと言い訳して早くに退部してしまった。昔から姉とばかり一緒にいたからなのか、学校で友人をつくるのがうまくはなかった旭は部活でも自分の居場所を見つけられなかったのだ。

 今でこそ花ノ谷の卓球部で楽しく過ごしているが、これまで仲のいい先輩もいなければ近しい後輩もいなかった旭の目には付き合いの長い井浦と鞠佳がほとんどモデルケースのように映る。

 明るく誰にでも優しい先輩と、憎まれ口を叩きながらも先輩を尊敬している後輩。傍目にもバランスのいい組み合わせだが、よくわからないのはもう一組のほうだ。


 背中を丸めて座る菫から少し離れて、平原は反対側のベンチに集合する正藍寺の選手たちを見つめている。試合前の研ぎ澄まされた雰囲気は平原の視線に普段以上の鋭さを与えていて――前触れなくその目を向けられた旭は思わず数歩後ずさった。

 じろじろと先輩を眺めていたのはこちらのほうだ、怪しまれても無理はない。すっかり狼狽えながらも、旭はどうにかそれらしい言葉を絞り出す。


「あの、平原先輩、がんばってください」

「……ああ、うん」


 平原は生返事でフェンス際に座る。旭とて笑顔で礼を言われるなどとは思ってもいなかったものの、反応の薄さに面食らってしまった。平原とろくに話をしていないのは他の一年も同じだが、何と言っても旭には入部当時の一件がある。

 平原が姉を辞任に追い込んだものと決めてかかった旭は先輩にずいぶんと失礼な口を利き、その後謝罪したもののどうにも気持ちが晴れずにいた。平原が素っ気ないのは今に始まったことでもないが、そんな相手に微妙な反応をされると気に病まずにはいられない。


「やっぱりわたしに応援されるの嫌なのかな……」


 旭が思わず本音をこぼすと、軽くストレッチをしていた井浦がくすりと笑う。伸ばした手で反対の肘を掴みゆっくりと体を傾けた井浦は、顔にかかった髪を払いでもするように首を振った。


「セイちゃんは普通に応援され慣れてないだけだって。それで反応に困ったんだと思うよ」

「そうなんでしょうか」


 反対側に体を倒した井浦がそうそう、と軽い調子で答える。腑に落ちないものを感じながら、旭はとぼとぼと薫子かおるこの隣に座った。ベンチから見上げた応援席には正藍寺の控え部員たちが続々と集まっている。

 水色と藍色、ユニフォームと同系色のジャージを着た一団は、間もなく訪れる試合の始まりを待つようにさざめいた。旭は膝の上に置いた手を強く握る。もっとも重要な試合が始まるまで、あと数分。

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