藍より出でて⑤
表向きは土田が部長となっているものの、実質的に部を仕切るのは
「都と
「ああ、この前の選考会でちょうど三勝三敗だよ」
土田が空で答えると、小さく頷いた巻幡は再びゼリー飲料の飲み口を噛む。片付けを終えた
「今回のこと、改めてちゃんと話しておきます。わたしは、今のうちに平原誓とできるだけ試合をしてほしいと思ってる。それは都のためだし、わたしたちが抜けた後の
一カ所だけを照らす電灯の下、舞い上がる埃がきらきらと光った。頭ひとつ背の小さい後輩に合わせるように身を屈めて、巻幡は言い含めるように話し続ける。
「来年わたしたちの学年が抜けたら、県のレベルはぐっと落ちる。中学の時と同じ――今の高一と中三に、都より強い選手は一人もいない。これは都にとって損失なの。都が去年のブロック大会でうまくいかなかったのは、県大会で自分より強い選手と試合をする機会がなかったから」
ブロック大会を勝ち抜いて全国まで進む選手は正藍寺でもほぼいない。中学二年時には全国大会も見える順位につけた静井だが、県チャンピオンとして臨んだ三年時には過去最低の成績に終わってしまったのだ。
巻幡はその原因を県大会の内容に見出していた。相手と競ることすら稀な環境では自然と実力が落ちていくのも無理からぬことだ。本人にもその自覚はあるようで、静井はわずかに下を向き、はい、と小さな返事を絞り出す。
「高校でも同じ失敗を繰り返したら駄目。だから都には今のうちに強い選手とたくさん試合をしておいてほしい。わたしたちが卒業した後もどこを目指せばいいか理解できるように、上の学年がいる間に勉強してください。そうすれば都も正藍寺も強くなるから」
神託を授けるような厳粛さで話を終えた巻幡は、後輩の目を見てにこりと笑う。自信を感じさせる爽やかというほかない笑顔に、唇を引き結んでいた静井がつられてはにかんだ。
「わかりました。わざわざわたしのために考えてくださってありがとうございます、先輩」
「うん。じゃあ、今日は遅いからもう帰ろう。また明日」
「はい。先輩も土田さんもお疲れ様でした」
深く一礼し、翻った黒髪をはためかせて静井が荷物を取りに行く。巻幡と土田が帰るのは後輩たちの練習が終わったその後だ。遠くなる静井の足音を聞きながら、壁にもたれた土田は後輩の言葉を反芻する――先輩も土田さんも、ねえ。
学業優秀、卓球部期待の次期エース。うわべだけならいかにも優等生然として見えるだろうが、あれで静井都は扱いが難しい。真面目なようでいて人の話を聞かず、顧問や先輩に反抗することも数知れない。
そんな静井も巻幡の言葉にだけは素直に耳を傾ける。個人戦でも巻幡とダブルスを組む静井は、中学時代からエースに絶大な信頼を寄せていた。巻幡だけを先輩と呼んではばからない静井ほどではないが、レギュラー陣は誰しも巻幡唯というエースに並々ならぬ尊敬の念を抱いている。
チームのことを一番に考える献身、毅然とした態度、圧倒的な強さと人好きのする明るさ。巻幡の二面性は大いに人を惹きつけるのだ。
しかし、近い立場にいる土田はたびたび疑問に思う。巻幡がチームメイトの世話を焼くのも、今のように突飛な企てを起こすのも勝利を求めるがゆえの行動であるというなら、それはある種の依怙贔屓でしかない。
現に巻幡は試合に絡まない部員には目をかける風もなく、控え部員の多くはたびたびエースの陰口を叩いていると聞く。
レギュラー陣にのみ気を配り、一握りの部員にのみ手をかける。それはとても合理的なマネジメントで、巻幡がとりわけ静井に構うのも次期エースとしてきちんと成長してもらうためなのだろう。
おそらく静井もそれを理解したうえで巻幡を慕っているのだろうが、土田にはその明快さが恐ろしい。
「相変わらずの教祖様っぷりだな」
「そんな風に見える? わたしはこれが普通」
知ってるよ、と笑った土田はがらがらと扉を引き、廊下から差し込む光を頼りに照明のスイッチを切る。用具室を確認し、体育館の鍵をポケットに入れたところで二人分の鞄を背負った巻幡が歩いてきた。
「はい、佐奈のはこっち」
「どうも」
学校指定の鞄を受け取り、体育館を施錠した土田は巻幡と並んで歩く。会話はない。今更余計なことを喋って間を持たせるような間柄ではなかった。
六時四十八分。夜の学校に響く靴音が二つ、階段へ向かって消えていく。
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