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薫蕕器を同じゅうせず①

 五月中旬。多くの運動部でインターハイ予選を終えたチームが世代交代を始める時期だ。

 団体四位と沈んだ花ノ谷かのや高校は、三年生の引退を機に下級生主体の練習を続けていた。一年にとっては待望の新チーム始動だ。これまでの数ヶ月を思えば普通に台で打てるだけでも喜ばしく、薫子かおるこは毎日のように早足で第二体育館に向かっていた。


「これからは一、二年生だけで練習していくということで、まずみなさんに決めてもらいたいことがあります。今すぐでなくても構わないんですが」


 珍しく早い時間に体育館にやってきた中庭は、おそらくこれ一着しか持っていないのだろう、大会でも着ていたやや袖丈の足りない白のウェアを羽織っていた。ファイリングした資料をぺらぺらとめくった顧問は、眼鏡の奥からあさひを見下ろす。


「二年生が二人、一年生が五人……これで女子卓球部全員です。七人なら全員の選手登録が可能なんですが、岩傘いわがささんは本当に、今後試合に出ないということでいいんですか?」

「あ、はい。わたし、マネージャーみたいな感じで頑張ろうと思ってます」

「うーん、卓球部のマネージャーはあんまり一般的じゃないかもねえ」

「が、頑張りますから! 準備とか片付けとかを! もう慣れてきましたから!」


 井浦いうらに茶々を入れられた旭が必死になって自分の役割を主張する。その様子を見て安心したのか、顧問は再び手元のファイルに目を落とした。


「それでは、選手として出場する部員は六人になりますね。偶数のほうが都合がいいと思います。先ほどの話に戻りますが、みなさんにはダブルスの組み合わせを決めてほしいんです」


 単純に割り算をすれば、部員が六人の花ノ谷では三組のペアができる。それはつまり、全員が誰かとペアを組む必要があるということだ。

 田宮東中では顧問に選ばれた一組ないし二組のペアだけが練習をしていた。薫子はその中には入っておらず、中学でシングルス以外の試合に出たためしがない。もう何年も卓球をしているくせに、ここにきてまったく経験のない事柄が出てくるとは不思議だった。


「それはあたしたちで決めちゃっていいんですね」

「はい。僕は素人ですし、変に口出しするよりみなさんが考えたほうがいいかと思いまして」


 中庭は団体戦のオーダー決めも部員に任せているとのことだった。丸投げとも表現できそうな態度だが、競技に明るくない顧問に適当なことを言われるよりは放っておかれるほうがずっといい。基本的に生徒の自主性を重んじるタイプなのだろう。


「次の大会ですが、シード選考会が八月、新人戦が十月です。練習時間もあるでしょうし、こちらも登録期限がありますので。なるべく余裕を持って決めていただければ」

「はあい、了解です」


 井浦が調子よく答える。そしてその日の練習後、いつもより早めに試合形式の練習を切り上げた女子卓球部はホワイトボードの置かれた出入口そばに集合した。


「それじゃ早速ダブルスの話をしたいんだけど、問題はあれだね。全員揃ってないのに決めちゃっていいのかなというところです」


 新部長に就任した井浦の言葉に一年生たちがさりげなく目をそらす。いつものことだが、第二体育館に平原の姿はない。

 五人での練習はなかなか不便だが、トラブルとは無縁の平穏な日々が続いていた。自ら喧嘩の火種を持ち込んでくる平原さえいなければ花ノ谷もそれなりに安定しているのだし、話し合いのためだとしてもわざわざ呼び戻そうとは思わない。考えることは同じなのか、鞠佳まりかはそれがどうしたと言いたげな目で井浦を見上げた。


「いいんじゃないの別に。待ってたっていつ来るかわからないんだし」

「まあね~。あたしが直接聞きに行ってもいいんだけど、セイちゃんの希望を優先できるわけでもないからねえ」


 希望、と薫子は内心で復唱した。平原からそんな意見が出るのだろうか。あの先輩なら、この部活のレベルならどうせ誰と組んでも同じ、くらいのことは言いそうなものだが。薫子が荒んだ気持ちで想像していると、旭がおずおずと手を上げた。


「あの、ダブルスってどういう風に決めるものなんですか? この前の試合ではプレースタイルが似てるペアもあったし、カットマンと攻撃型のペアもあったし。いろんな組み合わせがあるんだなって思ったんですけど」

「そうだね、攻撃型は必ず攻撃型と組むってわけじゃないし、わりと自由度は高めかな。あ、右利きと左利きのペアがやりやすいとは言われてます。それこそあの双子ちゃんがそうだったでしょ? ユラが右でサラが左」


 それぞれ立ち位置を決めてコート全域をカバーしようとするテニスやバドミントンのダブルスとは違い、卓球ではいかにスムーズに二人が入れ替わるかがポイントとなる。

 卓球のダブルスには一球一球交互に打たなければいけないというルールがあり、他の競技のように片方の選手を狙ってボールを集めることはできない。このため卓球のダブルスでは二人が常に移動し続けることになる。自分が打った後にパートナーのために場所を空け、今度はパートナーが避けるのを待って打球するわけだ。

 同じ利き手同士のペアより右と左で組むほうが動きやすいというのは試合を見ればよくわかる。利き手が違えば立ち位置も被らず、思い切りラケットを振ってもパートナーが邪魔にならない。右利き同士では二人が重なってしまう場面も多々あるのだった。


「同じ利き手だと、前陣後陣で組まない限りは回転するみたいな移動になるのね。でも右左だと入れ替わるのが簡単になる。Vの字っていうかハの字っていうか、こんな感じに」


 井浦が両手の人差し指を互い違いに行き来させると、旭が熱っぽく頷いた。


「わかります! 北沢さんたちもそうやって、スライドするみたいに動いてました」

「そうそうそう。だから左利きってダブルスに重宝されるんですよ。あっ、そういえばセイちゃんは花ノ谷で唯一の左利きだったね!」

「さすがに白々しいわよ」


 鞠佳がぼそりと毒を吐く。晴れやかな笑みで後輩たちに平原と組む利点を宣伝し終えた部長は、一転表情を引き締めて声をひそめた。


「えー、我々総勢六人というわけで、三組のペアができることになります。セイちゃん以外は全員右利き、オールラウンダー一人に異質が一人、速攻二人……正しくは一人が異質速攻だけど、それはまあいっか。カットマン一人にドライブ型が一人。消去法的にあたしとマリちゃんは決まりとして、残り四人をどう割り振るかなんですが――」


 そこまで喋ったところで井浦がちらりと鞠佳を見る。そのまま半端なところで言い淀む先輩に痺れを切らし、鞠佳がやや喧嘩腰に問いかける。


「なによさっきから、じろじろ見て」

「いや、鞠佳なら何勝手に決めてんのよ! とか言うだろうなと思ったんだけど。拒否しとかなくていいの? 決まっちゃうよ?」

「言わないわよ。あたしが攻撃型と組んだって合わないのはわかってるし、そしたらあんたと組むしかないじゃない」

「あっそう? いいの? じゃあとりあえず、あたしとマリちゃんで決定ということで」


 話し合う間もなく決まった一組目結成を祝して、すみれがぱちぱちと拍手をする。つられた美景みかげも小さく手を叩き始めるが、旭はきょとんとした顔を鞠佳に向けていた。


「なんで鞠佳ちゃんは攻撃型の人と組んじゃだめなんですか? さっきはどんな戦型の人と組んでも大丈夫だ、って」

「カットマンなら誰でも同じってわけじゃないわ。あたしが攻撃型と組んだとして、相手のペアも攻撃型二人だったらあたしだけいつもと違うリズムで打つことになるでしょ」


 カットマンの試合はゆったりとしたラリーが多い。カット自体の球足が遅く、それを返球するにもドライブが中心になるからだ。回転量を考えれば強打で攻めていくのは難しく、安全に入れに行くドライブを挟まなければならない。

 しかしこれがダブルスとなると話は違う。カットマンのパートナーが攻撃型の選手だった場合、鞠佳の言うように対戦相手も含めた三人は普段通りテンポの速いラリーを展開するはずだ。

 カットマンが打った強い下回転のボールを相手が持ち上げ、そのドライブをパートナーが打ち返す。それをまた相手が返してくる――そうなると、再びカットマンに戻って来るボールは回転重視のドライブではない。もし速攻が相手なら、スマッシュ性のボールを受ける場面も多くなるだろう。


「ダブルスは二人交互に打たなきゃならないでしょ。だから、カットに対応した相手の返球はあたしのパートナーが受けるわけ。そのパートナーの打球が普通に速ければ、同じだけ速いボールがあたしに返ってくる。で、あたしは速いラリーが苦手。意味わかる?」


 先ほどの返答だけでは理解が及ばなかったのか難しい顔をしていた旭だが、鞠佳が詳しい説明を付け加えた今度はきちんとイメージできたらしい。


「えっと、鞠佳ちゃんから見たら、シングルスの時にはあんまり来ない速いボールが返ってくることになるんだね」

「そういうこと。あたしはカットマン同士で組むのが一番いいんでしょうね、それなら普段と同じだし。まあ、同じカットマンでも青木みたいなやつなら別でしょうけど。あいつら姉妹揃ってばかすか打つもの」

「青木って、光希みつきさんのことですよね? 光希さん、ご兄弟がいらしたんですか」


 突如として登場した元チームメイトの名前に今度は美景が反応する。

 正藍寺のレギュラーである青木光希は超がつくほど攻撃的なカットマンだった。カットの合間に攻めるというよりは攻撃型のようなプレーの中にカットが織り交ぜられるといった感じで、いざ守りに転じても盤石の安定感を誇る厄介な選手だ。

 光希の同級生にあたる美景だが、姉妹の存在は知らなかったらしい。


「うちの……八倶坂にいた青木夕希ゆうきが、正藍寺の青木さんの妹。同学年だけど、双子じゃなくて年子なんだって」


 代わって菫が答えると、そうなんですか、と美景が驚く。いかにも今初めて聞いたという様子だった。


「あんた一応姉のほうのチームメイトでしょ、今まで知らなかったの?」

「あ、はい。控えとレギュラーだと、あまり話す機会がなくて……」


 青木夕希――前後のフットワークに優れた選手で、前に落ちたボールに難なく追いつき強打を決める姿が印象的だ。台上技術に長けていた夕希だが、その意外性のある攻撃は姉の光希に対するライバル意識から来たものだったのかもしれない。

 たしかにこの二人はテンポの速いラリーを苦にしない、鞠佳とはタイプの異なるカットマンと言える。


 その点鞠佳と井浦は相性がいい。強打を打たせないという点に関しては井浦が頭ひとつ抜けている。自分のスタイルを生かす意味でも組み合わせは重要なのだ。

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