残る桜も散る桜⑦

 平原ひらはらせいと土田佐奈さな。シード選手同士のマッチアップとあってか、試合前から場内の視線は二人に注がれている。


「……土田って、個人戦シードの?」

「はい。中等部からのレギュラーです」


 どうにか落ち着きを取り戻した美景みかげ薫子かおるこの問いに答える。正藍寺しょうらんじは中高一貫で、基本的には同じメンバーの持ち上がりだ。

 中等部から引き続き部長を務める土田は、団体戦でもチームメイトに適切なアドバイスを与えるベンチワークの要だった。

 きりりと鋭い表情をより引き締め、二度三度跳ねた土田がくるりとラケットを回転させる。サーブ権は平原から。フォア前に落としたサーブを、土田は丁寧にストレートに――平原のフォアサイドへと返球した。


「あれ、要は平原にバックを振らせたくないのね」

「そうですね。土田さんは、まず相手に対応していくタイプなので」


 徹底してストレートを突くラリーに、鞠佳まりかがぽそりと呟く。

 多くの左利きの選手がそうであるように、平原もバックハンドを得意としている。中でも同じフォームから様々なコースを打ち分けるバックドライブは大きな得点源で、土田はまずこれを打たせないよう平原のフォア側に低いボールを集めていた。少しでも時間を与えてしまえばあのドライブが来るからだ。

 土田としては速いラリーに持ち込むしかなく、1ゲーム目は互いに点を取り合う拮抗した展開になった。

 8-8。サーブポイントで同点に追いついた土田が吠えた。会場中に響き渡るよく揃った拍手に顔をしかめ、薫子かおるこが少し離れたところに陣取る正藍寺の部員たちを見やる。相手が平原ということもあってか、応援の迫力もこれまでとは段違いだ。


「なんで強豪が応援にまで気合い入れるのよ? こんなのどうやったって勝つじゃない、平原のところで落とすかどうかだけでしょ」


 鞠佳が四つ目のチョコレートクランチを口に入れる。そう言いながらも試合の行われる台から目を離せないのは鞠佳だけではなかった。シード選手同士の対決は他校の部員からの注目も集めているようで、平原の早い仕掛けに場内がどよめく。


 手首を柔らかく使い、土田のツッツキを台上でドライブ。

 すぐに姿勢を立て直して深めの返球に対応し、土田の打球を早い打点で打ち返していく。決して土田の打つコースが甘いわけではないのに、平原はより鋭角でより速い。

 長引くほどに加速するラリーの主導権を握っているのは間違いなく平原だった。点数こそ競ってはいるが、土田の表情が険しくなる。

 ラリーが続けば平原が優位になる。追い込まれた土田は平原のサーブを強引に持ち上げるしかない。強い上回転のかかったループ気味のドライブに合わせ、平原が前傾した上半身を沈めた。

 軽く左腕を返し、台の下から一気にラケットを振り上げる。大きな弧を描いたドライブは、ノータッチで土田のコートに弾んだ。


「出た~。あれ何回見ても意味わかんない」


 うちわを持ったすみれがバックハンドのスイングをなぞる。プランを覆す一撃だった。得意のバックドライブを決められ、土田はついに戦略の再考を迫られることになる。

 膝の上で握りしめた両手を開いた美景は、平原には届かないであろう拍手をした。

 対戦相手の得意なプレーを潰し、相手が対応に手こずる間に先行する。その後逆転を許したことはあっても、土田が1ゲーム目を落とすのは珍しい。

 それだけ平原が強いということなのだろうが、美景はいちいち驚いてしまう。自分が中にいたからこそ、美景のレギュラー組への評価は著しく高かった。


 もしあの人たちに勝つなら、わたしもあのくらい圧倒的でなければならなかった。平原の真似などしようもないのに、美景はついそんなことばかり考えてしまう。

 正藍寺の試合を――レギュラー組のプレーを見るたび自分の足りなさを思い知らされるのは花ノ谷に来ても変わらない。

 場内の熱狂にさえ情緒をかき乱されて、とうとう美景は目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る