薫蕕器を同じゅうせず②

「はいはい、雑談はおしまい。マリちゃんは正統派のカットマンだから、それは卑下することじゃありません。で、あと二組だけど――どうする? この際セイちゃん抜きで決めちゃってもいいと思うけど。セイちゃん、別に相手が誰でも気にしないだろうから」


 一年生三人は顔を見合わせた。それじゃあ自分が先輩と、などと言い出す者がいないことはよくよくわかっているが、それでも誰かが名乗り出てくれたらという淡い希望を捨てられない。無言という名の長い探り合いが続く中、薫子かおるこはぽつりと呟いた。


園部そのべがペアになったんだし八倶坂やくさかは八倶坂で組んだら」

「や、断固拒否だから。あの人絶対ミスしたらなんでそんなこともできないの? みたいな目で見てくるもん、なんなら直接言われるもん」

「それはちょっと、怖いですね……」


 すみれの言葉に美景みかげが心なしか背筋を伸ばす。あまりにも容易に想像できる光景だった。誰しも自分とは比べものにならない実力を持つ先輩と組みたくはない。足手まといになるのは明白なのだし、あの性格を知っていればますます逃げたくもなるというものだ。このまま押しつけあってもらちが明かないと判断したのか、美景が重々しく発言する。


「ここはもう、公平に決めましょう。くじ引きかじゃんけんです」

「やっぱそうなるよね、話し合いじゃどうしようもないし。石田ちゃんもそれでいい?」


 ここで何を言っても仕方がない。頷いた薫子は右手をすっと前に差し出した。


「ではいきます。最初はグー、じゃんけん――」


 美景の勇ましい号令に合わせて三人が右手を振り下ろす。そして薫子は、二度のあいこの末にパーを出した自分の判断を数週間にわたって悔やむ羽目になるのだった。





「それで、ダブルスはうまくいってる? あの人性格きついしすごい厳しいけど」


 うららかな昼下がり。たわいもないことを喋っていたはずのクラスメートから不意に重大な問いをぶつけられ、薫子はホイップクリームつきのデニッシュをうまく飲み込めなくなった。

 平原と組むことになったと報告した日はえらく心配されたものだが、薫子とてわずか数日でその苦労が終わるとは予想もしていなかったのだ。


「……ペア、変わったから。今は平原さんと進藤さんが組んでる」

「え、薫子ちゃんじゃなくて菫ちゃんになったんだ。なんでそうなったの」


 黒板を背に座った村田えみりはゆるく編み込んだ髪を耳にかけ、説明を求めてじっと薫子を見る。えみりにとっては元チームメイトの話題だ、当然興味もあるだろう。昨日のことを思い返しながら、薫子は力をこめてペットボトルのキャップを開けた。


「わたしとは組みたくないって」


 大きな失敗があったわけではない。動きやすいと言われるだけあって左利きの平原とは衝突することもなくラリーを続けることができたし、薫子がミスを連発していたわけでもなかった。

 菫と美景のペアと練習している最中、いつものようにループドライブを打った薫子は、平原が小さくため息をつくのを聞いた。美景がそれをクロスに返し、平原は動かされながらもバックハンドで厳しいコースを狙う。菫が粒高つぶだかで打ち返したものの、緩いボールはネットにかかってミスになった。


 ――あなたみたいな選手とは組みたくない。シングルスがやりたいなら一人でやって。

 足元に転がったピンポン球を拾い上げた薫子は静かにその言葉を聞いていた。唐突に罵倒された困惑と、平原に面と向かって拒否されたことへの納得感のようなものがあった。


「それって、ダブルスなんだからもうちょっと人に合わせろって言いたかったんだろうね。平原さんが言う? って感じだけど」

「たぶん。実際自分勝手なところはあったと思う」

「でも薫子ちゃんは悪くないよ。初めてなんだから慣れないのは当然だし、それでいきなり解消っていうのは百パーセント平原さんの勝手」


 断言したえみりがプチトマトを囓るのを見ながら、薫子はぼんやりと考える。本当にそうなのだろうか。あの時のプレーが気に障ったのかもしれないし、もしかしたら自分のプレースタイルそのものが気に入らなかったのかもしれない。どちらにせよ、自分に一切非がないとは思えなかった。

 いきなりの解消宣言をぶち上げた平原は、一同がぽかんとする前で堂々と主張を続けた。石田さんとはペアを組めない、試合にも出たくない、と。


 ――じゃあいいよ、あたしも出ないから。そしたら四人になるからルコちゃんと鞠佳が組んだらいいし。

 ――なんでそうなったのよ?


 薫子を気の毒に思ってか、最初に身を引こうとしたのは井浦いうらだった。しかし鞠佳がすぐさまこれに噛みついた。自分に迷惑がかかることを嫌がったのもあるだろうが、平原の勝手な言い分に先輩が巻き込まれるのが我慢ならなかったのだろう。


 ――これたぶん、菫が出ないのが一番丸く収まると思うんですけど。


 一向に解決の糸口が見えない状況で、今度は菫が手を上げた。自分が出ないなら井浦と鞠佳のペアはそのままに、美景と薫子も攻撃型同士で組めて都合がいいのではないか、というのが菫の提案だった。

 理にかなってはいるが、平原の気まぐれに菫を巻き込むのもどうなのか。全員がそんな躊躇いを感じていたのか、すぐには賛成の声は上がらなかった。


 ――わかった。ならわたしが進藤さんと組むから。


 誰もが耳を疑った。ある種膠着した状況を進展させたのは、この事態を引き起こした張本人である平原だったのだ。


「なにそれ。最初に自分が出ないって言ったのに?」


 えみりが箸を止めて目を見開く。堂々と矛盾した平原の言葉に驚いたのは薫子たちも同じだ。えっ今どういう流れでそうなったんですか? と菫が真顔でうろたえ、井浦が呆れ笑いを浮かべる中で平然とする平原の姿には貫禄さえ漂っていた。


「わたしと組みたくないだけで、他の人ならよかったんじゃない」

「その理屈すっごい平原さんっぽい、一切人のことを考えてないところが」


 えみりがくつくつと喉を鳴らす。その口ぶりから平原の傍若無人さは周知のものなのだと理解できてしまい、諦念に包まれた薫子は購買のデニッシュを一口囓った。

 菫や鞠佳まりかはある程度耐性があるのだろうが、優等生揃いの田宮東で育ってきた薫子はどうも花ノ谷かのやの先輩には気後れしがちだ。今から村田さんが入部したとしてもわたしよりうまくやれるのでは、などと考えていると、えみりがにやりと笑みを深めた。


「じゃあ菫ちゃん、自分から平原さんのパートナーに立候補しちゃったんだ。おもしろ」


 本人の意図はともかく、結果的にはえみりが言った通りの運びになってしまった。事の発端となった薫子は菫を巻き込んだことを申し訳なく思っていたが、えみりは元チームメイトの不幸を本気で面白がっている。これが八倶坂の距離感なのだろうか。

 えみりとは入学以来親しくしていながら、薫子はいまだそのあたりの機微を掴みかねている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る