残る桜も散る桜⑥
二日目午後。個人戦の日程は大方消化され、女子団体戦の決勝リーグが始まった。
三位までが全県出場権を得るとあって、どのチームも正藍寺以外との試合をいかに制するかだけを考えているはずだ。午前中の試合で個人戦での全県出場の可能性が絶たれた三年生としては、この団体戦が県大会への最後のチャンスになる。
第一試合は美園高校に2-3、第二試合は田宮第二に1-3で落とし、休憩を挟んで行われる第三試合では正藍寺との対戦が待っている。次の対戦相手を考えても、この時点で一勝もしていない花ノ谷が三位以内に入るのはかなり厳しいだろう。
「田宮二高って若山さんと小野寺さんがいるんだ。そこに
「さっきの試合に八倶坂の方が出てたんですか?」
「うん、四試合目の下西七江って子。あ、
座席のカーブに沿ってだらりと背中を丸めた
一方とうに知り合いの動向を把握しているのであろう
「ちょっと、なんなのよあれ。あんたの先輩中学の時より強くなってるわよ」
「さあ。昔通ってた教室に戻ったとは聞いたけど……」
答える薫子の歯切れが悪い。田宮東中のエースだった若山
花ノ谷戦では平原に敗れたもののダブルスで一勝を稼ぎ、危なげなくチームの勝利を決めた。ストレート負けとはいえ平原相手にデュースに持ち込んだゲームもあり、若山の調子のよさは明らかだ。
「井浦先輩も出るはずだったのに、五番手に回らないまま終わっちゃいましたね。平原先輩が強くても一人勝つだけじゃだめなんだ」
「そうですね。エースが二試合勝ったとしても、その他を落とせば負けですから」
二年生と三年生の実力差は明白だった。にも関わらず井浦の出番は少なく、二年生が揃って勝利を挙げてももう一勝が遠い。
見ているほうもフラストレーションがたまり、いざ正藍寺との試合が始まると言われても
試合前、両校の選手が整列して向かい合う。
一番から五番まで順にオーダーを確認し、名前を呼ばれた選手がそれぞれ一歩進み出て対戦相手に頭を下げる。二試合目の選手が列に戻り、次に呼ばれたダブルスの選手が手を上げたところで菫が身を乗り出した。
「あれ、平原さん二番なの? なんで?」
「なんでって、一番強い選手を早めに出すのは普通でしょ」
「そうじゃなくて。ほら、平原さん相手のエースとしか試合したがらないじゃん?
早々に自問自答を終えた菫がへらりと笑う。正藍寺は基本的に団体戦のオーダーを変えない方針なので、事前に試合を見ておけば誰が何番に出るかは容易に予想できるのだ。
一、二番に静井と土田を置き、ダブルスは巻幡と浜崎、四番手に青木ときてエースの巻幡が五番に控えている。花ノ谷のダブルスは三年生同士のペアらしく、この大一番でも平原の二点起用はなさそうだ。
「変なオーダー。正藍寺相手に井浦が出ないって、完全に負けに行ってるじゃない」
鞠佳の声に不満が混じる。平原の出番は一試合のみで、それ以外のメンバーは全員三年生――井浦の話通りの人選だった。
三年生が中心になってオーダーを決めているというのは本当なのだろうが、勝ちたいと思うなら素直に井浦を出せばいいのではないか。美景には、上級生たちが勝利より自分たちの満足を求めているようにしか思えない。
花ノ谷の部長と
代名詞であるカーブドライブはまだ一本も見せていないが、基礎技術だけでも実力の違いは歴然としていた。
「ねえ、平原もうウォームアップ始めてるわよ」
「妥当じゃない? これすっごい早く終わりそうだもん」
「それはそうね。静井のやつ、これじゃどう見ても速攻よ」
「ほんと。部長さん全然打ててないから静井さんもカウンターの出しようがないしね」
チョコレートを囓りながら観戦する鞠佳と菫はもはや一般客といった風情で、それでも先輩たちに儀礼的な声援を送ってはいる。静井が着々とポイントを重ねるのを無言で見守る花ノ谷に対し、得点のたび声を合わせる正藍寺の応援団はずいぶんと賑々しい。
サーブ権は再び静井へ――高くボールを投げ上げ、大きなテイクバックからインパクトの瞬間片足を踏み込む。勢いよく放たれたサーブは右に切れ、フォアハンドで持ち上げようとした部長のレシーブは大きくオーバーしてしまった。
これで6-1。予想し得たこととはいえ、あまりに一方的な試合展開だ。こうして容赦なく叩きのめされた自分を思い出し、美景はついかつての記憶を口にしていた。
「わたし、静井さんのあの横回転が苦手で。台から出たところをドライブしても、カウンターで三球目を決められてばかりでした」
「あたしも。静井と当たった時、あのサーブはどれだけ切ってもカットが浮いて話にならなかったもの。その点粒高はいいわよね、スピードも殺せるし」
「まあ楽っちゃ楽だよね。でも普通に当てたら浮くから、菫は無理矢理プッシュしてたけど」
いつの間にやら各々静井との試合を振り返る流れになってしまった。石田ちゃんは? と菫が振るが、薫子だけは静井との対戦経験がないらしい。
団体で薫子と当たったという青木
「卓球って、説明するのが難しいスポーツですね。すぐに1ゲームが終わっちゃうけど、ほんとは一球一球解説が必要で……一点を取るまでの間に、初心者が見てるだけじゃわからないところがたくさんあるから。でも、ラリーが早くて説明が全然追いつかないし」
「あ、それはあるかも。ボールが往復する間に一言くらいしか喋れないわけだし、リアルタイムで実況するには向かなそう」
試合時間内で初心者の人に全部を伝えるって無理じゃんね、と同意する菫の手元で金色の包み紙が鶴の形に折られていく。よほど手持ちぶさたなのか、よく見ると菫の隣の空席には小さな鶴が何羽か並んでいた。
「わたし、昔お姉ちゃんの試合を見に行った時も全然わけがわからないまま見てたから。その時よりはちょっと知識が増えたけど、やっぱりこうして教えてもらわないと何が起こってるのかさっぱりです」
旭の言葉に、大きく足を組み替えた鞠佳が怪訝そうな顔をした。
「そういえば、あんたなんでお姉さんに教えてもらわなかったの? レベルの高い選手だし、コーチもしてたんでしょ?」
「最初は教えてくれたんですよ。でも当時は小学生くらいだったし、あんまりにもわたしの理解が遅くて諦めちゃったみたい。今みんなから教えてもらってようやく飲み込めてきたくらいだから。おかげで、ようやくお姉ちゃんと卓球の話ができるようになりました」
旭がとろけた顔で笑う。姉妹の仲はかなりよいのだろうが、なるほど経験者相手にコーチをするのと初心者にルールを教えるのとではまったく違う気もする。納得していた美景は、真横の応援席から飛んできた大歓声にはっとして点数板を見た。
「ちょっと、もうマッチポイントじゃない」
鞠佳がフロアに目を向ける。ろくな応援もしないまま試合の半分ほどを流し見てしまった。三年生にはあまりいい印象を持っていなかったとはいえ、美景は少しばかり罪の意識を覚える。
3ゲーム目は11-3、最後のポイントもサーブからの三球目だった。ストレートで試合を決めた静井はぺこりと部長に一礼し、乱れたサイドの髪を耳にかける。
墨で塗りつぶしたように黒い髪とユニフォームの薄い青とのコントラストが懐かしく、美景は応援席側に戻って来る静井を視界から外した。あのユニフォームは強い者しか似合わない。
巻幡がいる今静井は正藍寺の二番手なのだろうが、美景にとって静井都はいつもエースでしかなかった。
相手の攻撃を受けきって上を行くプレースタイルも、飄々としているようで時に闘志を表に出す試合での振る舞いも、自分と違うからこそ妬ましかった。今でもだ。
正藍寺にいた頃の感情を克明に、当時とひとつも変わらないままに掘り起こされるようで、結局美景は平原が練習を始めるまで正面を見られずにいた。
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