残る桜も散る桜⑤

「すご~い! 最後はリスキーだったけど、あのプッシュに追いついちゃうのがやばい」

「ね、萌ちゃん先輩ってノーモーションでいきなり打つもんね。なんで反応できるんだろ?」

「でもやっぱ二人ともすっごい強いよね。見てるだけで十分楽しいもん」


 奔放な印象に反して双子のコメントは的確だった。ワンプレーごとにきゃあきゃあと沸き立つ姉妹はよほど試合を楽しみにしていたらしく、二人がコートに戻ってくるだけで肩を寄せ合ってはしゃぐ浮かれぶりだ。


 第2ゲームも浜崎のリードで進んでいくが、点差は1ゲーム目ほど開いてはいなかった。浜崎の長いサーブに、井浦が体の前で振り子のようにラケットを動かす。まるで横回転のサーブを打つような格好だ。

 井浦の対応策はロングサーブに強い変化をつけて返球することだった。コート深くに落ちるレシーブを浜崎がドライブでつなぐ。今度は三球目攻撃をさせないレシーブができていた。


「井浦さんのラバーって粒が細いから変化量がえぐいんだよね。太めの粒のほうが安定感は出るけど、それだと粒が倒れづらいから……ですよね北沢さん?」

「うん! サラもバックが粒高つぶだかだけど、萌ちゃん先輩のラバーとは全然違うの。太いほうが打ちやすいからこっちにしてるけど、先輩のめちゃくちゃ使いにくいよ。どこに飛んでくかわかんなくって全然攻撃できないし」

「それと全然弾まないよね。ユラも一回試してみたけどネットミスばっかで難しかった~」


 同じバック粒高同士伝わることもあるのだろう、感慨深げな紗良の答えに由良が一言付け足す。双子の意見を受けて、美景みかげもぽつりと所見を漏らした。


「これで五分五分なんでしょうけど、そうなると純粋な実力勝負になりますね……」

「だから言ったでしょ、よっぽど悪くなければ海玲みれいさんだって」


 こともなげに呟いて、前の座席に手をかけた鞠佳まりかが席を立つ。そのまま荷物も持たず狭い通路を抜けようとする鞠佳に北沢姉妹が声をかけた。


「あれ、マリカちゃんどこ行くの~」

「そうだよ、試合中なのにどうしたの?」

「あたし、別のところで見るわ。ここじゃ応援がうるさすぎるもの」


 そう言って正藍寺しょうらんじの応援席を一瞥すると、鞠佳は強引に客席を突っ切る。階段へ向かおうとする背中を不満顔で眺め、顔を見合わせた北沢姉妹が手元の荷物をまとめ始めた。


「ちょっと待って、ユラたちも行くから! ごめんね、マリカちゃんああいうとこあるから」

「そういうとこが感じ悪いんだよ~。ちゃんと花ノ谷の人とも仲良くしなきゃ」

「わざわざこっちに来てるあんたらに言われたくないわよ!」


 美園高校のうちわを掴んだ双子が跳ねるような足取りで鞠佳に追いつくのを確認し、丸い座席に寄りかかったすみれが軽く伸びをする。


「やっぱ仲いいんじゃん。園部そのべってもっとドライな感じだと思ってた」

「本当。羨ましいくらい」


 薫子かおるこが涼しい顔で頷く。いつものことだが、菫も薫子もどこまで本気で言っているのかよくわからない。ただ、少なくとも美景には、中学時代のチームメイトと今もいい関係を築けている鞠佳がとても恵まれた存在であるように思えた。

 たとえ大所帯の部活に身を置いても、誰一人信頼できる仲間を作れない人もいる。美景に言わせれば自分がそうだった。

 かつての仲間がいるのであろう右側を頑なに見ないでいるのは、単純に目を合わせるのが恐ろしいから。また笑われやしないかと怯えているからだった。


 浜崎海玲が得点するたび一斉に起こる拍手。美景は今もあの中に自分が座っているのではないかと錯覚してしまう。

 学校指定のジャージを着て、ふてくされた目をして、ろくに目の前の試合を見てはいない昔の自分が。

 妙な物思いにとらわれた美景はつまらない感傷を打ち消そうとぱちんと頬を叩く。一瞬肌に感じた熱はすぐに引いて、弱々しい痛みだけが残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る