残る桜も散る桜②
再び中庭と合流した
「僕はしばらくこっちには来られないんですが、みなさん応援よろしくお願いしますね」
上までファスナーを閉めた白のジャージを着てはいるが、いつも通りの眼鏡とスポーツウェアの取り合わせはあまりしっくりきていない。吹奏楽部の指揮者がよく似合いそうな見た目の顧問は駆け足で一階へと戻っていった。
大会初日は団体戦とダブルスの予選が行われ、シングルスは二日目から開始されるようだ。個人戦では予選を勝ち抜いた選手が県大会出場権を得るとともに決勝トーナメントに進出できる。一発勝負だった中学の大会より全体の試合数が格段に多くなっていた。
「わ、最初から決勝トーナメントに名前書いてある。めちゃくちゃシードじゃん」
パンフレットを開いた
やや意外なのは、シード扱いされた三人の選手が全員二年生であることだ。花ノ谷でも正藍寺でも、不思議と一つ上の学年に強い選手が集まっている。
ぱらぱらとページをめくった
「じゃあ、巻幡が正藍寺のエースってことなのね」
「はい、中等部でもそうでした。入学してからずっと、この人が正藍寺のエースです」
鞠佳が指さした欄を確認し、美景はこくりと頷いた。昨年度女子シングル優勝者、巻幡唯。三年生も出るインターハイ予選を一年生で優勝するのだから相変わらずだ。
優勝者一覧には巻幡の名前が三年分並び、卒業後にはそれが
「なんか変な感じ。平原さんより強い人ってなに? どういう次元?」
「全国大会常連って聞いたけど。ほんと、あいつに勝てるような選手がうじゃうじゃいるってのが驚きだわ」
圧倒的な王者はどこにでもいる。県大会にもブロック大会にも、そして全国大会にも。上を見ればきりがないということは美景にもわかっている。正藍寺のレギュラーでさえ全国に進むのは数人で、団体戦でも全国ベスト8が過去最高だった。
自分の現在地と頂点とを見比べては途方に暮れて、そのたび深くも単純な差というものを理解して、無意味にも思える研鑽を積み重ねていく。
結局、自分に刻める一歩を刻んでいくしかないのだ。それで届こうと届くまいと、とにかくわたしは、もう一度卓球に本気になろうと決めたのだから――深刻に、どこまでも生真面目に反復される美景の内省は、甘く間延びした声に遮られた。
「あっマリカちゃんだ、ひさしぶり~! ねえユラ早くこっち来て」
「なに~? あ、ほんとだ」
マリカちゃんだあ、と嬉しげに声を揃えて、ユニフォームの上にジャージを羽織った少女たちが弾んだ足取りで鞠佳を取り囲む。両側に立った二人にそれぞれ左右の腕を組まれ、身動きが取れなくなった鞠佳は心底面倒そうに左右のうりふたつの顔を睨んだ。
「ほんとあんたら、やたら人に絡むのもいい加減にしなさいよ。もうチームメイトでもなんでもないんだから」
「マリカちゃん冷たあい」
「それじゃ高校でも誤解されちゃうよ~。まあ、ユラはマリカちゃんのこと好きだけどね!」
「サラもサラも~。ねえ、なんでマリカちゃん美園に来てくれなかったの?」
「センパイたちも別の高校に行っちゃったし、みんながいなくて寂しいよ~」
ご機嫌な様子で手をつないだ二人はぶんぶんと鞠佳の両手を振り回す。
なされるがまま小さな輪の中でぐらんぐらんと揺れる鞠佳の横で、
「ええと、この人たちは」
「鞠佳さんと同じ中学校の選手です。わたしたちと同学年で、双子でダブルスを組んでらして……ですよね?」
「そう。右利きのほうが北沢
正藍寺が園部中と対戦する機会は何度かあったが、
「いつまでやってんのよ、いい加減にしなさい」
「え~、ひさびさに会ったのに」
「十分付き合ってやったでしょうが!」
両手を振りほどいた鞠佳の声には若干の疲れが見える。唐突な来訪者を観客のように眺めていた部員たちも調子を取り戻し、エナメルを床に置いた菫がさっと手を挙げた。
「おふたりとも、やっぱダブルス出るんですか? あ、団体じゃなくて個人戦の話ですけど」
菫の問いかけに、大きな目を輝かせた双子は勢い込んで答える。
「うん、当然出るよ。あ、もしかしてヤクチューの人?」
「粒で速攻の子だ、シンドーさん! 団体でマリカちゃんと試合したよね」
「おっしゃる通り
かつて県北の覇を争った面々が小気味いい掛け合いを演じる傍ら、美景は菫の手の中で筒状になったパンフレットにちらりと目をやった。
中学ではダブルスの出番は団体戦にしか存在しなかったが、個人戦にもダブルス種目が追加される高校の大会なら二人の果たす役割はより大きいものになる。正藍寺相手に勝ち続けたペアだ、優勝候補と呼んでも過言ではない。
美景は先ほど見たページを思い出す。正藍寺の栄光がずらりと並んだ優勝者一覧――そこに別の高校名が刻まれるとしたら、それは
「北沢さんたち、ちょっと。用があるみたいですけど、あの人たち」
薫子が手で示した先には
「北沢さんたち、そろそろ集合だって先輩が」
「おっけ、すぐ行きま~す」
「それじゃみなさんマリカちゃんのことよろしく! こう見えていい子なの」
「ついでにサラたちの応援もよろしく~」
「頼むから二度と来るんじゃないわよ」
やだあ、と答える声が綺麗に揃う。軽やかに手を振る双子は終始にぎやかに笑顔をまき散らしていった。圧倒的な陽性にあてられて場が和んでもおかしくなさそうなものだが、走り去る元チームメイトを見やる鞠佳の目は道端の小石でも見るように冷ややかだった。
「園部って普通に仲よかったんだね。意外」
「冗談やめて。あいつらがあたしの言うこと聞いた日なんか一度もないわ、あの双子は自分たち以外の人間とかどうでもいいのよ」
鞠佳の口ぶりからはこれまで味わってきたのであろう苦労の重みが感じられる。なおも目が据わったままの鞠佳のそばにいるのが気詰まりで、美景は取りなすように話しかけた。
「あの、美園高校と園部中って何か関係があるんですか? 名前も少し似てますけど」
「敷地が一緒なのよ。隣に建ってるみたいなもので……だから毎年、学年の三割くらいはそのまま美園に進むんじゃないの。偏差値はそこまで高くないから違う高校に行く生徒も多いけど、あいつらは真面目に勉強なんてするタイプじゃないし」
それは十分納得できた。授業中にノートに書いた文字で会話する双子を想像して、美景はくすりと笑ってしまう。
「井浦さんたちの代は誰も美園に進まなかったの。最近で園部からそのまま上がったのはあいつらだけ。普通に考えたらあの双子がダブルエースでしょうね」
さきほど思い切り揺さぶられた肩をゆっくりと回しながら、鞠佳は徐々に選手が集まってきたフロアに目を落とした。
「まあ、団体はともかくダブルスはあいつらが獲ると思うわ」
「それは同感。あの二人ですら勝てないって言われたらちょっとしんどい」
菫の言葉に薫子が頷く。北沢姉妹がダブルスの優勝に絡むというのは三人の共通認識らしいが、美景は懐疑的な気持ちでいた。
団体戦には一人一試合しか出られなかった中学時代、正藍寺のダブルスはあくまでシングルスに選ばれなかった選手同士が組むものだった。しかし高校では巻幡たち中心選手もダブルスに出場できる。あの二人は、それでも正藍寺のペアに勝てるのだろうか?
開会の挨拶がアナウンスされる場内で、美園高校の最後尾に並んだ双子は笑みをこらえきれないといった様子で何かを囁き交わしていた。
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