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残る桜も散る桜①
五月十日。第七十三回全国高等学校総合体育大会――インターハイ地区予選が、ここ田宮市総合体育館で三日間にわたって行われる。
今回一年生の試合出場はないが、
開会式を控えてまだ一つの台も出ていないフロアには高揚と緊張感が漂っていた。いかにも試合前の空気という感じがする。中庭が上級生と合流し、残された美景たちが通路を行き交う人を眺めていると、不意に客席がざわめき始めた。
「そっか、高校は地区予選から
大本命の登場に、大儀そうに手すりに寄りかかっていた
藍色の集団がぞろぞろと目の前をゆく。それは、美景にとって見慣れすぎた色だった。去年まで自分も同じものを着ていたというのに、ジャージを目にしただけで全身を刺すような緊張感が走る。
肩口に金の刺繍が入ったインディゴと水色の上下。揃いのジャージに身を包んだ集団が二階席の通路を進んでいく間、彼女たちに視線を向けているのは美景たちだけではなかった。優勝候補の筆頭である正藍寺が注目を集めないわけがない。
「すごい迫力。人数も多いんですね」
「地区大会からあれと当たるとはね……」
「そんなに違わないでしょ、どうせ全県行ったら嫌でも当たるんだから」
「あんたはなんでそう能天気なのよ、県大会に行きたくないわけ?」
「え、だって正藍寺に負けても三位までに入ればいいんじゃなかった?」
「あたしは個人戦のことを言ってるの。正藍寺だけで枠を独占されてもおかしくないのよ」
「別によくない? 正藍寺と試合できるなら実質県大会みたいなもんだし」
あっけらかんとした菫の答えに鞠佳が言葉を失う。結果にこだわる鞠佳は強敵を避けたいのだろうが、中にはその強敵との試合を主目的とする選手もいる。
こういうタイプは極論、二回戦からシード選手に当たるのを不運とは思わないのだ。今から新人戦のことを想像しているのか、鞠佳が短い爪を噛んだ。
「林さん、あれ」
言い争いに発展しそうなやりとりに気を取られていた美景は、不意に肩を叩かれてその場で飛び上がりそうになった。
振り向くと、
濃い藍色の布に白で刻まれた『制覇』の二文字。普段は講堂に飾られている旗は大会のたびに引っ張り出され紐や縁がほつれている。あの旗を柱に結びつけるのは、かつて美景の役割だった。
「あの人たちこっち見てるけど。林さんの知り合い?」
え、と間の抜けた声が出た。なにせ去年までそこにいたのだ、知り合いなら何人もいる。美景が信じられなかったのは彼女たちが自分に興味を示しているということだ。正藍寺を抜けた部員に何の用があるのだろう。
旗の近くに固まった控え部員は、こちらを盗み見ては顔を見合わせてひそやかに笑っていた。部員たちの顔には嘲弄が浮かび、明るい声には侮蔑がにじんでいる。
要するに、はっきりと見下されているのだ。身の程をわきまえず正藍寺を飛び出したことや何の実績もない
「なんでとばっちりであたしたちまで馬鹿にされなきゃいけないわけ?」
「すみません……」
鞠佳の怒りもごもっともだ。心底消え入りたい気持ちで頭を下げる美景に、当の鞠佳は呆れたように鼻を鳴らした。
「やめなさいよ、あんたが悪いわけじゃないでしょ。あたしはあの連中に対して怒ってるの」
鞠佳が険を帯びた目つきで応援席を見返す。こわあい、とはしゃいだ声が聞こえた。
「あたし、ああいう奴は嫌い。何もできないくせに、学校の名前ばっかり自慢して自分はすごいって思い込んでるようなのはね。試合でぶちのめしてやりたいくらい」
「あの人たちは登録メンバーじゃないから試合には出ないと思うけど」
「わかってるわよ!」
薫子の冷静な指摘に鞠佳が怒鳴り返す。気に入らないものは気に入らないと切って捨てる鞠佳の峻烈さが美景には好ましかった。言われっぱなしで黙り込んでしまった今もそうだが、美景には怒りやら不快感やらを表に出すのが不得手なところがある。だからこそ、カットマンというよりむしろ攻撃型らしい鞠佳の性格が輝かしく見えるのだ。
しかし美景は、鞠佳が自分にだけ壁を作った振る舞いを見せているのに気付いていた。菫や薫子に対しては頻繁に感情を爆発させる鞠佳だが、美景に声を荒げることは滅多にない。それが鞠佳なりの気遣いとはわかっていても、自分は彼女にとって気の置けない存在ではないのだ、と身につまされるようだった。
三年にわたって戦った同級生に抱く意識がどんなものなのか、一度も公式戦に出場しなかった美景にはぴんとこない。確かなのは、中学の地区割りが違っただけで三人と美景の間に小さくない断絶があるということだ。
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