第34話
深夜の個人用貴賓室で仲間達と共にスティレットを構える
|黒羽部隊《コルウスマヌス』は諜報や暗殺などの表沙汰にできない任務を受け持つ教団の暗部組織であり、彼らの任務は
その為、
中でも、その名の通り暗殺に特化した
本来、その機密性保持の為に単独での任務遂行が前提となる
だからこそ、今回の任務が特別且つ重大なものであると、マリオを含めた部隊の誰もが予感していたし、この任務に表の実行部隊である聖騎士達までもが参加すると聞かされた時には集まった二十人全員が大いに驚かされたものだ。
しかし、肝心の任務内容が説明された途端、彼らの多くがその内容に脱力させられた。
何せ、その任務対象がたった一人の王国騎士で、しかも、任務内容そのものも普段と変わらないただの暗殺だったのだから。
確かに伝えられたターゲットの経歴――特に『
だが、戦場で対峙するならいざ知らず、天井と壁に囲まれて隙だらけに意識まで手放しているような相手の殺害など、彼らには普段通りの簡単な任務に過ぎない。
それにも関わらず、
集まった
だからこそ『彼の殺害は確実に遂行される必要があり、その為に万全の陣を敷く必要があった』のだとも。
これらの話を聞かされたマリオは、作戦の打ち合わせで最初の襲撃役に自ら志願した。
物心付く前に捨てられた所を養成施設に拾われ、その十六年に及ぶ半生の全てを奉げてきた彼にとっても、自分と同じ年齢の人間がターゲットとなったのは初めての経験だった。
だからこそ、自分と同い年で国家の未来を左右する位置に立つその騎士がどのような人間なのか興味を抱いたマリオは、生きている内に直接対峙する事を望んだのだ。
尤もマリオの志願理由には、自分と同じく氏も定かではないような出身だったクセに、日陰者として生きる自分とは逆に王国騎士として華々しく脚光を浴びる人生を送る少年への、無意識的な嫉妬の念も含まれるのだろうが。
念願叶って望み通りの配置を任される事となったマリオは、つい前日が初顔合わせとなった同僚二人と共に部屋へ侵入し、情報通り座ったままの姿勢で呑気に眠りこけるターゲットを囲んだ。
そのまま、マリオは事前の打ち合わせ通り腕が邪魔にならない背後に陣取り、左右から頭と首を狙う同僚と呼吸を合わせ、背凭れ越しに心臓を目掛けて黒塗りのスティレットを突き出した。
マリオも他の二人も、この時点でターゲットに全く動きが見られなかった為に任務の成功を確信していた。
だから、細長く鍛えられた鋼が木製の背凭れを貫通し、背中を預ける革張りの部分を突き抜けた感触を伝えたにも関わらず、肉を刺し貫く柔らかで重みのある感触が続かなかった事で、マリオは目を見開かされたのだ。
更に、その見開いた目は彼が狙った箇所より約一フィート上を狙っていた二つの剣までもが、標的を見失って何も存在しない空間を突いている様を目の当たりにしていた。
「「「――――――ッッッ!??!!?」」」
三人がほぼ同時に息を呑んだ直後、マリオの背後で跳躍した猫が着地したかのような『トンッ』という軽やかな着地音が奏でられた。
ターゲットの消失に動揺していたマリオがその音を捉えられたのは殆ど偶然だった――現に他の二人は気付いていなかった――が、彼はそれを耳にした瞬間、背筋が凍り付くような悪寒に襲われていた。
しかし、それで得たある種の確信を捨て置くなどという選択肢が選べる筈も無く、マリオは椅子に刺した剣を捨てて懐の二本目へと手を伸ばしながら、弾かれるように、或いは釣られるように背後へと振り返り――
――斬斬ッ!!!!!! 斬ッ!!!!!!
彼の確信と悪寒が現実のものとなった。
振り返ったマリオが見たのは闇に紛れる獣のように影の中で輝く琥珀色の双瞳と、その獣が下から上へと掬い上げるように身体を回転させながら
その獣は回転の勢いに任せてマリオへ背を向け、咥えていた鞘を壁際近くのベッドへと吐き投げると、跳ぶような速度で部屋の出入口へと駆け寄り、その扉の両脇に向かって左右の黒剣を目にも留まらぬ速さで突き出した。
すると、高級な貸し部屋らしく流麗且つ頑丈に造られている筈の木壁は、冷ややかな漆黒の刃に音も無く貫かれ、刃の溝を通って噴き出した鮮血に内外両面を染められた。
「――――――!!!!!! ――――…………?」
先の打ち合わせで襲撃隊各員の配置を知らされていたマリオは、獣が握る剣によって扉の両脇を固めていた二名の命が絶たれた事を悟ったが、それについて反射的に上がってしまった自分の叫びが無音だった事を訝しんだ。
と、疑問を抱えたマリオが首を傾げた瞬間、彼の視界は倒れるように急速に降下して行った。
「――――――!?!!!?」
突然の事態に慌てて受け身を取ろうとしたマリオだったが、何故か手も足も出せないまま横顔を打ち付けてしまう。
だが、彼を襲った奇怪な現象はそれに留まらない。
頬を強かに打ち付けたマリオの視界は、あろう事か着地と同時に天井や床、壁を問わず、室内の彼方此方を目まぐるしく映し出したのだ。
勿論、彼が自発的に首を巡らせたわけではないし、そもそも、同僚二人を一遍に屠った凶人から一瞬でも目を離そうと思えるほど危機感が呆けているわけでもない。
そして、後頭部に走った軽い衝撃と共にやっと停止した視界により、マリオは自分が見舞われているのは奇運などではなく、今まで自分が手に掛けてきた者達へ幾度となく齎し続けてきた凶運そのものだったのだと理解した。
度重なる驚愕によって見開かれていたその眼が捉えたのは、頭部を失くしながらも倒れずに首の断面から噴き上げた赤色で部屋を汚す
「――、――……――――、――――――…………」
夢や幻だと自分に言い聞かせたくなるほど凄惨な光景を目の当たりにしたマリオの口が動くが、手足どころか喉すら持たない今の彼には叫ぶ事すら叶わない。
彼が無意味に口をパクパクさせている間にも、黒衣を纏った首無し達は下から上へ流れ落ちる摂理の狂った滝のように鮮血を吹き出し続け、その勢いが萎んだ者から順に力尽きたように倒れ伏していく。
自分の死をまざまざと見せつけられたマリオは、その現実から目を背けるように戦慄く唇で神への祈りを奉げながら、この襲撃へ率先して志願した数時間前の自分とそれを冷ややかに眺めていた聖騎士長への怨嗟の念を放っていた。
やがて、薄汚い路地裏の冷たい石畳に座り込んで這い寄る飢えと寒さに蝕まれていた頃のように、少年暗殺者の意識は暗い虚の中へと呑まれていった。
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