第28話

「御待たせ致しました、フィデリオ・ジルベルト様、ハンス・ヴィントシュトース様。只今、御部屋へ御案内いたします」


 カウンター裏の扉から出てきた若いウェイター達の一人が、受付机の前で話し込んでいた壮年聖騎士と少年騎士へ声を掛けた。


 ウェイター達は皆一様に、少年騎士が放つ強過ぎる眼光とひりつくような雰囲気とで顔が引き攣り掛けているが、彼の正面に立つ顔見知りの聖騎士長のおかげで必要最低限の接客態度は保てている。


「御苦労様です。彼らが大部屋で、我々二人がそれぞれ個室で御願いします」


「承りました。それではどうぞ、此方になります」


 聖騎士長からの返事に一礼を返したウェイターは、流れるような動きで反転して案内を開始した。


 彼と共に出てきた残る三人のウェイター達も、ハンスから離れられた事で安心したのか、キビキビとした動きで聖騎士達の前に立っている。


 対する聖騎士達も、予め部屋割りをどうするか決めていたらしく、複数のグループに分かれて乱雑に固まっていた所から、ものの十数秒で均等な人数に分かれてウェイター達の前に整列した。


 そこまでを少しばかりの驚きと共に眺めていたハンスだったが、ウェイターの先導に従って聖騎士長が動き出した気配に気付き、すぐさま移動を開始した。


 王国と教団が連名で出した要請を受けて用意された個室は上階の部屋らしく、先導するウェイターは迷い無い足取りでカウンター両脇から伸びる階段の内、立ち位置的に近かった右側の物へと足を運び、続く聖騎士長と少年騎士もそれに倣う。


 個室を目指す三人がまるでバルコニーに居るような吹き抜けの上階広間へ到着した時には、動き始めた大部屋行きの行列も先導役のウェイターに従って階段の影に隠れていたカウンター両脇の通路へと進み始めている。


 その様を横目で確認していたハンスだったが、上階広間から個室へと伸びる通路へ進む段階でその視線を切った。


 館の外観や広間で見られた物と同じ上品な装飾が端々に垣間見える落ち着いた雰囲気の通路は、『通路』と言う言葉が持つ印象に反して幅広く作られており、大の大人が二人並んで両腕を広げても壁に届かないくらいの広さがある。


 そこをしばらく進んで行く内に何かに気付いたらしいハンスは、若干眉を顰めながらその疑問を口にした。


「――ウェイターさん。今日は随分と静かなよぉですが、他の客は居ないのですか?」


 間に立つ聖騎士長を飛び越えて放たれた質問に、先導のウェイターは足を進めながら応える。


「ええ、御察し通り、今宵の御客様は王国騎士様と聖騎士様方のみとなっております。元々、この時期は王都への移動が完了して、御客様方の御来訪が途切れてしまう時期ですので、当方としましても皆様の御利用は非常に有り難く思っております」


 カウンター前でやり合っていた二人の百倍はにこやかな雰囲気で熱心に語ったウェイターへ『へぇ』と気の無い単音を返したハンスは、さり気なく前を歩く甲冑を纏った背中へと視線を向ける。


 しかし、交戦時は相手の一挙手一投足から次の行動を先読みし、そこから見出した隙を突いて斬り捨てる戦法を得意とする『真紅の疾風ブルート・ヴィントシュトース』の眼を以ってしても、その背中からは何の変化も読み取れなかった。


 そのままハンスが探るような視線を向け続ける中、目的の扉に到着したらしいウェイターがその前で足を止めて振り返る。


「御待たせ致しました。此方が当方の御案内させて頂く御部屋で御座います。此方の御部屋はハンス・ヴィントシュトース様が御利用される、との事で宜しかったでしょうか?」


 微笑みを保ちながら口を開いたウェイターに、水を向けられた少年騎士が頷いた。


「ええ、有難う御座います。鍵を貰えますか?」


「はい、此方になります」


 ハンスからの催促に、待っていましたと言わんばかりの反応で懐から鍵を取り出すウェイター。


 両手で恭しく差し出された鍵には、艶やかに磨き上げられた木彫りの木の葉が括りつけられており、その洒落た葉っぱには対応する部屋番号が金鍍金で刻まれている。


 少年騎士は受け取った鍵に引っ付いているブランデー色の木片の番号が部屋番号と合致している事を確認すると、いけ好かない聖騎士長へと向き直った。


「それでは後程、夕食の席で」


 それだけ言って顎を引くだけの何とも言えない礼を見せたハンスだったが、聖騎士長の方にはまだ要件が残っていたらしく、少年が扉へ向き直る前にそのステキ髭を乗せた口が開かれた。


「いや、待ちたまえ、ハンス・ヴィントシュトース卿。今宵はそれぞれ部屋に荷物を置いたら朝まで自由行動とする手筈にしているのでね。今の内に明日の予定を伝えておきたいのだが、少々時間を頂けるかな?」


「……ええ」


 流石に表情そのものに感情が現れていたわけではないが、それでも誰の眼にも明らかなほど不承不承と感じられる空気を発散しながら、少年騎士は聖騎士長からの言葉を待った。


「明日は朝七時からこの宿を出て捜索に移る。捜索範囲は昨日の打ち合わせ通り、司教殿が行方不明となった王国側街道沿いの森林地帯、その約十マイル圏内だ。そう弁えた上で準備を頼むよ?」


「ええ、承知しました。では失礼」


 今度は面倒臭そうな雰囲気を滲ませながら、先の言葉にたった二言付け加えただけの文言を返したハンスは、もはや礼を返す事すらせずに、聖騎士長へ向けていた視線を断ち切って扉に向き直る。


 聖騎士長の方も『伝えるべきは伝え終わった』とでも言わんばかりに少年騎士の振る舞いを無視し尽し、呆然と遣り取りを見守っていたウェイターへと向き直った。


「それでは、私の部屋へ案内していただけるかな?」


「……ッ、ハ、ハイッ。此方ですッ」


 いきなり発生した不穏な空気に戦々恐々としていたウェイターだが、聖騎士長の呼び掛けによって我に返り、自らの職務を全うすべく行動を開始する。


 彼らが動き出した頃には、既にハンスの姿は通路から消えていた。

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